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故宮(永寿宫+翊坤宫)
軍機処を出て北上。

現在、養心殿は大改装中で見学できない。故宮の王道見学コース、中軸線の建物は赤は赤く、青は青く、金はピカピカだ。一方、中心をはずれると、色の褪せ加減が歴史をにわかに感じさせてくれるのだが、そういう意味では養心殿もよかった。それが化粧直しを経て、派手派手になってしまうのなら残念だ。去年閉鎖したのだが、2020年には90%を公開する。

北上。咸和右门を入ると永寿宫。


永寿宫はかつての皇后と側室の住居。


故宮には70余の井戸がある。そのうちの一つ。


令儀淑德(by乾隆帝)


5月31日まで安徽徽州传统工艺故宫特展をやっている。展示されているのは安徽省の特産で、今の人が造ったものだが、著名な職人の手によるものだったりして、価値は高い。

安徽省といえば、硯。


筆。


墨。


展示はされていなかったが、紙も有名。文房四宝(=筆墨硯紙)がすべて揃う省だ。

正面向かって左右に東配殿、西配殿があり、東は閉まっていたが、西はなんだかゴージャスなお店になっている。高い酒、薬が売っていた。


永寿宮の西隣りは太極殿。


天井が伝統的なものではなく、白と青だった。






翊坤宮。




ここを見たかった。溥儀が婉容のためにブランコを作った。その金具が正殿の梁に残っている。


今日はここまで。

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【2017/05/22 07:54 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(0)
故宮(断虹橋+冰窑餐厅+軍機処)
故宮書画館を出て、すぐ東に去年から公開になった「断虹橋」があり、橋の上には獅子が34体いる。



ここで見るべきは南から北に向かって右4番目の獅子。この獅子だけ形が違う。過去記事に書いているけど、覚えている?

道光帝の長男奕緯はデキが悪く、最後は道光帝を怒らせて、蹴られて、亡くなった。道光帝は後悔。この獅子を見ると、奕緯ではないかと思い出すという伝説。

北上。左手にレストラン「冰窑餐厅」(大众点评)。


氷の倉庫を改造して、去年からレストランとして開放。

宫保鸡丁饭48元

味はよかった。これとっくに微博に書いたんだけど、中国人が「這裡的烤鴨也不錯」「牛肉面好吃」とコメントくれた。

レストランの隣はカフェとショップ。ちょっと覗いたら、コーヒーもケーキもそれぞれ25元。私はお店でマスキングテープを買った。


いつも通り過ぎていた軍機処。初めて入った。

清の雍正7(1729)年、雍正帝が中央集権を強化し、軍隊に対する指揮権を強めるために軍機房を設立した。軍機処には軍機大臣、軍機章京などの官職が設けられ、これらの役人が軍機処で待命し、皇帝の召見に応じて軍政の要事について相談し、軍政務に携わった。(arabeijingより)


上から荣禄、载沣、张之洞、袁世凯

《続く》

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【2017/05/21 13:37 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(2)
西四北○条をひたすら歩く(六条から八条)
食事中の人は見ないように。

《西四北六条》
  明代に燕山前卫衙署があったので、燕山卫胡同。清代に卫儿または魏儿胡同に。北京にはほかにも魏儿という胡同がいくつもあったので、区別するために南魏胡同となった。

ここは特に誰かが住んでいたという記録はないが、23号は2500平米、典型な中型四合院で、市の文物保護四合院に指定されている。


春秋园宾馆。ここにもホテルあり。1泊400元。


《西四北七条》
明代は泰寧侯陳珪の邸宅があったので、泰宁侯胡同。何号かは不明。陳珪は故宮を建設した時の総指揮官。

ゴミ箱に電光掲示あり。電気代もったいないっつの!

そんなことよりぼっとん便所どうにかしなさいよ!


平屋の中に駐車スペースはないから、胡同(公道)に駐車するんだけど、それでも申請して場所を確保するんだね。元々狭いのに、車一台でずいぶん場所を占拠する。


北京莲花四合院酒店。一泊240元。


《西四北八条》
  张学良が投資、建設した燕京造紙工場があった。明代は武安侯鄭亨の邸宅があったので武安侯胡同、清代に武王侯胡同、五王侯胡同に。

53号。入口に「庆宁寺」と書いてあるが、資料なし。歌手の蔡国庆がここで育ったという。


37号。宝禅寺。文章で詳しいのは「宝禅寺,西四北八条的诡异」。この中で言及しているテレビ番組は「这里是北京(西四这一片儿)」18分。宝禅寺は今はないし、中は住宅で入れないが、テレビ局ですと言って入っている。中がすごく長いのが意外だった。


11号。清代の谦郡王(瓦克达)府だった。瓦克达は爱新觉罗·代善の四男。今は造紙工場になっている。


八条一号という雲南料理のレストラン(大众点评)。中華は大勢で食べたい。

北上するとすぐに大きな交差点になる。この東西の道、ずいぶん広くなったよなあ(90年代からの目)。地下鉄に乗って帰途へ。

帰宅してからいろいろ調べたけど、中国人のブログは非常に詳しく記載している。行きたいところがあったら、百度で調べるとよい。

たとえばコレ→西四北头条至八条的几处宅

(完)

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【2017/05/18 07:52 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(7)
西四北○条をひたすら歩く(三条から五条)
《西四北三条》
  西四北三条は明代は箔子胡同だった。箔子苇箔とも)は建築材料で、金属の粉または金属の薄片を付けた紙を箔といい、紙幣にも用いた。当時北三条には箔を作る工房や商店があったことから、箔子胡同と名付けられ、清代には同じ音から雹子胡同、报子胡同となった。

一番東から西を見る。


3号。隆長寺。入れない。

明代在皇城地安门内设有汉经厂,是专为皇家刻印佛经、儒家经典和皇家文件的机构。明万历四十五年(公元1617年),外汉经厂奉赦改建为皇家庙宇隆长寺。明代は漢字(チベット、モンゴルの文字でなく漢字)のお経印刷所だった。高さ5mの銅仏があったが、法源寺に移した。


不明。中は工事中。


11号。西四北幼儿园。


乙26号院。明缘美容美发学校。こんなところに美容学校があるなんて。


39号是京剧大师程砚秋(1904—1958)先生的故居。程先生1937年买下此宅,直至逝世前一直在此居住。


程砚秋をずっと気にしていたのは、私が美大に留学していたときに、ちょうど程砚秋の孫に当たる中国人が在籍していたと記憶していたからだ。そして今、百度で「程砚秋的孙女」と調べたけど、わからない。そして横にあった関連人物「张君秋」。ここで誤りに気づく。同じく京劇俳優。程砚秋じゃなくて、张君秋だ!同時に孫の名前もわかった!「旅日画家、张君秋外孙女卢思作品展」(←ここに写真あり)。卢思、懐かしい。中国画専攻で、私の隣の部屋の日本人が同じクラスで、彼女とは仲よかった。卢思を知っている人も結構いるんじゃ?NHKの中国語講座の講師をやっていた。

《西四北四条》
明代は皮革工房があったので、熟皮胡同だった。皮革を加工するときに臭気を発するので、清代は臭皮胡同、民国初期に同じような音から受璧胡同となった。

47号。西四北四条小学の創立は光绪九年(1883)に遡る。当時は八旗学校の一つだった。



《西四北五条》
明代は石老娘胡同。昔はお産婆さんを老娘といい、石という姓のお産婆さんから名が付いた。

(写真はたぶん)7号。蔵書家傅增湘(1872—1949)旧居。1917年出任北洋政府教育总长。1927年任故宫博物院图书馆馆长。




26号。海外文摘(雑誌社)。


(続く)

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【2017/05/17 10:37 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(4)
西四北○条をひたすら歩く(一条から二条)
以前西四のあたりを調べたときに「程砚秋故居」が近くにあるので、中は入れないけど、そのあたりへ行こうと思っていた。故居は「西四北三条」。西四の北は头条から八条まである。全部歩いてやる!と思って、百度百科にある八本の胡同の記載をプリントアウトしたのが半年前だ。4月にやっと行った。

このあたりは元明代は家畜市場があったため、かつての胡同名に動物が付いているものが多かった。清代に市場はなくなった。

《西四北头条》

明清は驴肉胡同、1911年に(音が似ているので)礼路胡同、1965年に西四北头条に。何号か住所は不明だが、和珅西四北头条で育ったという。和珅といえば、私がばあさんと同居していた頃じいさんばあさんが一生懸命見ていたドラマ『纪晓岚』に出てくる、王剛演じる和大人和珅は「中国史上最大の富豪で、乾隆帝、嘉慶帝の二帝に仕えたが、軍機大臣として専横の限りを尽くした」(wikiより)。1777年に和坤の私邸として恭王府が建てられ、ここから引っ越した。和坤は後に罪を問われて邸宅を没収され、恭王府は王府となったという経緯がある。

なんか臭いなあと思ったら、ニオイの元は水色の車。北京の中心、平屋ではまだ汲み取り式便所なんだよね。バキュームカーは朝陽区では見ないが、前門のあたりでもまだ見るよ。



私はこの日東西にしか歩かなかったが、姚家胡同3号曾是晚清著名诗人陈三立和当代著名历史学家陈寅恪父子的家。

南側は「历代帝王庙」。行ったことないのでいつか行きたい。


バス通りに出る。白塔寺が見える。かなり長いこと行ってないので、ここも行きたい。


《西四北二条》

北二条,明朝时穷兵黩武的江彬驻扎在此搜刮民脂民膏,后被凌迟处死。江彬は明代の姦臣。刮民脂民は庶民から搾取して私腹を肥やすこと。

58号は、民国初期に教会が建てた萃文、萃真学校が前身の北京市第41中学。




52号院は团圆客栈というホテル。1泊300元。




开墙打洞をどんどん閉じている。




10号。四禾居酒店。ここにもホテル。一泊540元。


バス通り(西四北大街)に出る。私が師範大学に留学していた頃、この通りのどこかで冷麺を何回か食べた。それは二階建ての食堂で、小さかったので、このレストランではないようだが、「华天延吉」(大众点评)だったのか不明。



冷麺全然美味しくない。
 

もっと南に餃子屋があって、そっちのほうが良かったな。


北上。

左から「毛主席万岁」と書いてある。

写真だけ撮って、帰宅後「西四北大街 毛主席万岁」で調べる。北京纸话に、ここは護国寺双関帝廟で、「関帝廟」と書いてあったところに「毛主席万岁」と書いたとある。

(続く)

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【2017/05/17 08:02 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(6)
法海寺4(古樹)
法海寺有“五绝”,即明代壁画、古铜钟、白皮松、藻井曼陀罗和四柏一孔桥。

法海寺の「五絶」とは、明代の壁画、古銅鐘、白皮松、藻井曼陀羅、四柏一孔橋。この「白皮松」は北京に現存する一番古い松(之一)で、壁画のある大雄宝殿の前に二本ある。一本しか写っていないが、寺を建立したときに植えたので、2017- 1440=577(年)。これ600年近く昔の松だからね。


山門の目の前にも変わった木がある。


なぜこんなにねじれる?


山門前の階段を降りて(11:55)、右に折れてすぐに橋がある。五絶の一つ、「四柏一孔橋」は橋から四本の柏が出ている。




帰途へ。途中「第四纪冰川遗迹陈列馆」があるが、行かず。

バス停に向かうのに、来た道でない方へ進む、わてら冒険家。バス通りに出ると、レストランが多少ある。ここらでは大きい東北料理の店に入った。

涼菜がたくさん並んでいて、自分で好きに選んで12元。肉丝拉皮,葱爆羊肉,饺子。3人で99元。

バス停は「金顶北街」が一番近く、527に乗って、地下鉄苹果园に戻る(527路,专109路と二つあるが、どちらも駅に着く)。

このあと、前門へ行ったんだけど、一日の徒歩数は16600。思ったより歩いてないな。

<法海寺に関しては一応終わり。時間のあるとき、壁画情報をその記事に追加する>


A バス停「首钢小区」
B バス停「模式口西里」
C バス停「模式口东里」
D 法海寺
E 田义墓
F 中国第四纪冰川遗迹陈列馆
G 承恩寺
H 东北料理
I バス停「金顶北街」

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【2017/05/09 18:33 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(0)
法海寺3(壁画)
法海寺は翠微山の麓にある。伝説では明代の李童(宦官)が夢の中で翠微山の麓に仏門の聖地があると仙人に言われ、1443年にここに建立した。法海寺が非常に貴重であるのは、明代正統年間(つまり500年以上前)の寺が一部、そして壁画はほぼ完全に鮮明に残っているということだ。戸部の画士官15人が描いたもので、その全員の名前もきちんと残されている。

壁画のある大雄宝殿に入ると、仏像が三体あるが、文革で十八羅漢造像とともに壊されているため、現在の仏像は新しい。台座は明代のもの。

殿内は撮影禁止。すぐ後ろの薬師殿にある壁画の複製品は撮っていい。

壁画は計240平米。77人を描いている。


水月观音

絵を学ぶ人が模写をよくする代表作。


白いベールをまとっている。白いところ、見て欲しい。その柄が非常に細かく、一つの柄から48本の線が出ている。





菩薩のほかに、動物、植物も見事。猛獣なのに怖くないのは表情がかわいいからだと言っていた。






よーく見て欲しい。目が鳥の顔になっている。

「この男子はイケメンだ」、「壁画に穴があいているのは、洗濯物を干すときに開けた穴。以前は第九中学の宿舎だった」等等、ガイドがついて、説明してくれた時間は30分以上。

古いものが見られるというだけで、それほど期待はしていなかったが、心から思う。「行ってよかった」。马未都(収蔵家、骨董鑑賞家、CCTV《百家講談》講師)が必ず見るべき国宝だと述べている。この国宝は超お勧め穴場スポットだ。

時間のあるときに、解説してもらった内容を補足していきたい。

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【2017/05/08 11:27 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(0)
法海寺2(アクセス)
これから法海寺へ行く人のために、私の通った時間を書いておく。

1号線の「大望路」駅(8:35)から終点の「苹果园」駅へ(9:25)。A口を出たら、すぐに右手にバスが停まっている。法海寺方向に行くバスはたくさんある。乗ろうと思ったら、ドアが閉まった。左手を見ると、近すぎるが別のバス停のようで、停まっているバスに法海寺に行くか確認して、乗った(9:34)。

首钢小区で下車(9:42)。前進して右に進む。途中、工事で通れない道があり戻ったり、宦官博物館の中に入ってみたり(現在休館中)したので、通常ならバス停から徒歩30分以内で着くと思う。私達が法海寺に着いたのは10:10。この階段を上がったら山門(入口)。


チケットは20元。壁画を見たければ100元(入場の20元を含む)。壁画を見る時間は決まっている。9:40,10:40,11:40,12:50,13:50,14:50,15:50の1日7回。


山門の後ろは天王殿。


天王殿の後ろが大雄宝殿。壁画はこの中。


ガイドがいて、その人の説明を聞くことが義務付けられる。私達は10:40の回に入った。中は明かりがなく、一人ずつ懐中電灯を持たされる。

中国語が聞き取れれば非常に有意義だ。日本人観光客のために日本語訳を作りましょうかと提案したくなったほどだ。有償で(おいおい)。だってただ見るのと、説明聞くのとではあまりにも違いすぎる。中は撮影禁止。

30分以上ゆっくり話を聞きながら鑑賞して、出て、すぐうしろが薬師殿。

この中に壁画の複製があって、それは写真を撮っていい。どんなにすんばらしい壁画だったかは別途記事を設けたい。

法海寺の紹介が詳しいサイト。
法海寺 冬游笔记友
冬游法海寺笔记
五百多年前,他们给狮子画上了小鸟眼睛,很美,没什么人知道
探秘法海寺
法海寺壁画讲解

とりあえず今日は終わり。

地図はクリックして拡大可

A バス停「首钢小区」
B バス停「模式口西里」
C バス停「模式口东里」
D 法海寺
E 田义墓
F 中国第四纪冰川遗迹陈列馆
G 承恩寺
H 东北料理
I バス停「金顶北街」

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【2017/05/07 14:55 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(4)
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