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【2024/04/26 15:50 】 |
易県旅行1日目(清西陵)in河北省

私の数少ない貴重な中国人の友達、劉さんの実家へ+近いので「清西陵」へ行ってきた。


7時半に「丽泽桥长途汽车站」集合。今、長距離バスに乗るのに身分証が必要なのね。知らなかったけど、持って来ていた。よかったーー。 


  切符売り場は長蛇の列。前に並んでいた人が「明日七月十五だからね」と。翌日は旧暦の715日で、劉さんが「日本でいうおぼんみたいなもの」と。知らなかった。今、中国語で調べたらね。「佛教徒称之,道教徒中元」。土曜日だったし、実家に帰る人が普段より数段多かったらしい。数ある窓口の中、「易县」行きの窓口が二つあった。


850分発(実際は9発車)に乗り、高速をガンガン進み、1055分に易県の長距離バスターミナルに到着。劉さんの知人の車で案内してもらう。車に乗り込む(115分)。「永福寺」の前を通り(1112分)、行きますか?と言われたが、行かないことにした。


光緒帝のお墓「崇陵」に到着(1115分)。「五孔石拱桥」。



  北京の故宮は見ごたえあるけど、メインの建物は新しく塗っているから、古めかしさが感じられない。ここはそのままの感じがとても良い。


  隆恩门


  隆恩殿


  
隆恩殿の中の柱がハゲているのだが、麻? 



(クリックして拡大可)




  ここへ上がるのに、両脇は階段。中央が坂。表示は中国語、英語、日本語、韓国語になっていて、「滑り止め付き坂」とある。滑らない坂。

 (クリックして拡大可) 


    地宫(地下宮殿) へ 。気温がどんどん下がっていく。


   突き当たりに光緒帝と隆裕皇后の棺。
 

  
   奥から出口側を見る。


    奥は湿度高すぎ。下は雨が降ったよう。両脇の彫り物も濡れていた。


   崇陵」を出て(1235分)、適当に「永发农家屋」という农家院に入り 1247分) 、食事開始。どれも飾らず、味は素材が活かされていて、美味であった。「酸枣汁」というここの特産を飲んだ。



  1343分出発。1347分、雍正帝のお墓「泰陵」に到着。
  


 
  石祭台分上下两部分,上有香炉香,花瓶、蜡台 

    隆恩殿の中から外を望む。
 

  清西陵には4人の皇帝(とその他大勢の皇后、貴妃)のお墓があるが、ここ崇陵が規模が一番デカいらしい。でも地下宮殿が公開されていないので、その真上に上がり、おしゃべりしながらゆっくりする。

    この壁は「哑巴院」。地下宮殿建設の秘密を守るため、作業員はおしである必要があった。ここへ来るのに目隠しされ、宮殿完工後は辺鄙なところへ追いやられた。それで「哑巴院」(おし院)と呼ばれる。これが伝説だ。しかし、しゃべれなくても、字や絵、ジェスチャーで秘密が漏れてしまうことから、信じるには足らないとされた。建築関係の書籍によると、中国の古代建築で外から見えない部分に対して「」という名を使う。それでここを「哑巴院」と名付けたという説に落ち着いている


   上に上がる。
 

   上から下を眺める。




    1520分に泰陵を出て、一人が日帰りなので、長距離バスターミナルへ(16時到着)。

追:日本語で詳しく旅行記を書いている人の記事はここへ清の陵墓を訪ねるその6 清西陵へ」。

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【2014/08/09 21:08 】 | n地方、旅行 | 有り難いご意見(0)
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