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「郊外へ遠足に行く。車は運転してもらえる」ということで、どこへ行くか迷った。ダンナに「郊外はどこがいいかな?」と聞いたら、「うち」。ダンナは自分のうち(郊外)が大好き。私も自分のうち(市内)が大好き。夫婦なのに、好きな「うち」は場所が異なる。
今回は時間がなくて行けなかったが、ここは是非行ってみたい。 ・古崖居 今ネットで探した。日本人で行っている人いるな。→未だに解明されていない謎の岩の住居! 来年の北京博物館通票を買ったのよ。いろんな博物館が無料または割引になるお得な本。120元。ここ古崖居がに載ってた。 あと、篱苑图书馆。 以下、私がネットで調べてメモしたスポット。 <抗日関係> ・京西山区中共第一党支部纪念馆 ・昌延联合县政府旧址—延庆县大庄科乡霹破石村 ・焦庄户地道战遗址纪念馆 ・熊儿寨北土门战斗遗址 ・冉庄地道战遗址(河北省保定市) ・京西第一党支部 ・鱼子山抗日战争纪念馆 追寻红色印记 2013北京红色旅游景点推荐 <寺> 卧佛寺 龙泉寺 红螺寺 戒台寺 敕赐和平寺 云居寺 大觉寺 潭柘寺 同教寺 白瀑寺 北京十大最灵的寺庙 京郊五大“非著名”个性寺庙 <市内> 崇效寺 不開放 なんかあったら、今後もこの記事に足す。「ここへ行ってよかった」がある人は教えて欲しい。 PR |
紅螺寺を出て、車で数分で「泰莲庭融·亚洲美食汇(大众点评)」へ到着。
中に仏像。吹き抜けで空間が広い。さすが郊外! 座席から撮ったの図。 タイ料理店だが、飲茶、普通の中華もあり。頼んだのは、「蒜蓉粉丝娃娃菜、皮糖心烧茄子、金韭菜煎饺、椰香咖喱面包鸡」。3人で143元。 満腹で「雁栖湖」へ。 今や「APECといえば雁栖湖、雁栖湖といえばAPEC」。これ2114年になっても誇らしげに飾ってありそうだ。 入場料が22元。なんなのその「2」は?20元でいいじゃん!紅螺寺は54元だったが、こういう半端なのは怀柔区のしきたり? 湖だからね。水上の乗り物が充実。お得なセットを買うと、5種選べる。寒くない時期はいいよね。 中に入って、左へ。デザインが奇抜なホテルを目指すが、行けども行けども「ただの湖沿いの道」を歩くのみ。 携帯あってよかった。4Gあってよかった。地図を見ると、おお!無駄足を運びそうになっていることに気づく。バックし、展望台へ上がる。 出口の方へ戻る。もうすぐ出口というところに「水上飞降」というのがあるが、水の上へ飛んで降りる?? ネットで画像検索したら、こんな↓のだと知る。 着地地点が不明だが、その名の通り、水の上へ降りていく。こわいこわいこわい。体験しない。 湖を出て、ホテル(日出东方凯宾斯基酒店)に向かう。 今調べたんだが、「日の出をイメージしている」という。詳細はここへ。 中へ入ると、ラウンジがある。コーヒーでも飲もうかと値段を聞くと、55元。清水の舞台から飛び降りるか否か迷う。郊外はなかなか来られない。他も見てみようと、二階へ上がると「KempiDeli」があった。 ここケンピンスキーだからね。市内のホテル内のデリカテッセンは高いが充実している。ここは甘いもののみだった。種類が実に多いが、客が多いとも思えず、売れてんの? 美式咖啡30元。クッキー付き。溢れる涙を(おいおい)。一階で早まらなくてよかった。 ホテルの3階から雁栖湖へ出ることができる。雁栖湖からホテルへ行こうと思ったら、直線距離では無いので、入口から1キロでは着かないと思う。 ホテルを出る。たなびく国旗に日本はなし。 このあたりで見かけたのは雁栖湖国际会议中心。中には入れないけど。画像はネットから。 帰途へ。遠足おわり。 |
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本題。盧溝橋行ったメンバーで遠足。またまた車を出してもらった。国貿あたりを9時半頃出て、望京を経由し西北へ。紅螺寺の駐車場に10時25分には着いた。 入場料は54元。なんなのその「4」は?これがチケットを見せる入口。 普通カメラ(携帯)を向けて写真を撮ろうとすると、どくものだ。このおっさん(チケット見る人)は「ようこそぼくのうちへ」感ムンムン。どかなかった。仁王立ち。仁王じゃないくせに。 入ってすぐ右のほうへ進むと、「当たると運いいよ」の鐘あり。北京市内だと白云观にある。 コインを投げて、真ん中の鐘に当たるか、あの隙き間を越えるかすればよい。コインは20枚で10元。3人でかなり真剣になって投げる。私が一番「なにやってんのおまえ」状態で、とんでない方向へ行ってしまう。やる気ないわけじゃないんです!狙い定めて!と本気出したら、カキーン。当たった。20枚のうち唯一のヒット。めっちゃうれしい。運は3人分ね(は〜と)と喜びを分かち合う。 寺の名前が紅螺寺だから、とってつけたような紅い螺が鎮座しておった。 どんどん上へ。 大雄宝殿 名物「五百羅漢」を見に行く。結構迷った。とにかく東へ東へ。 いた。親分。親分だけ5メートルとでかい。 すぐ横に書いてあった。在佛前,不要打闹,开玩笑……。騒ぐなはわかるけど、冗談もいけないって。 そして左右に250ずつ、五百の羅漢がいる。顔がそれぞれ違っていて、立っていたり、座り方が違ったり、実にさまざまな様相。 五百全部は見ず、北へ進む。もし观音寺まで進むなら、登山。山の上の方にある。65歳以上は付き添い必須と書いてある。 そして歩きたくなかったら、スライダーがある。速度は自分で制御できるという。 これ↓だけネットから拾って来た。 ここは紅葉のときは見応えありそうだ。でも、緑の網はすべてに設置されていないし、横へ落っこちそうで、見ているだけでスリル満点。 大人、往復80元、片道50元。 え?スライダーって「上から下へ」だよね?往復??よく見たら、「牽引」と書いてある。下から上へは800メートルでやや直線。上から下は1500メートルでうねうね。 3人でちょっと迷った。でも、1.5キロをスライダー??安全性を危惧。やめた。 凡年高、腿脚不便、高血压、心脏病患者、精神病患者、酗酒者只允许乘车上行。 こういう危険な方々は「牽引」で上に上がるのはいいが、スライダーで降りて来てはいけない。おいおい、自力で下山させるなんて!「行きはよいよい 帰りは怖い」の図だ。 登山道は私が見ただけで3ルートはあった。元気な輩はどうぞ! 昼食へ続く。 |
盧溝橋を歩いた後、徒歩で抗日記念館へ行き、そこからすぐのレストラン「李记小吃店(大众点评)」で昼食をとった。
牛肉拉面(小碗)12元+京东肉饼24元。肉饼は四人で一枚だったので、一人18元也。ラーメンは大碗が13元だから、たくさん食べる人は大きいほうが頼んだほうがお得。麺もスープも味はすごくいいけど、しょっぱい。 店に着いたのが13時だったが、並んでいたくらいの人気店だった。隣が肉屋で(同じ経営)、牛肉羊肉を売っていた。 食後さらに西へ1時間くらい車を走らせて、銀狐洞へ。私は以前「石花洞」へ行ったことがあった。うちの子がまだ小学生で、ダンナが運転して行った。それは北京で行く初めての洞窟だった。中は赤、青、緑、黄色、けばけばしい電気に照らされて、「侘び寂び学べよ」と心で無駄に叫んだのも懐かしい。 その石花洞から直線距離では1キロくらい(道のりはその7倍くらいかな)のところに「銀狐洞」がある。実質隣りだよね。ってことは、掘ればまだまだ空洞が見つかるんじゃないの? 銀狐洞は入場料が65元。 ここでチケットを見せて入るのだが、着いたのが13時38分だった。洞窟は勝手に歩いてはダメで、ガイドに付いていくのだが、時間が決まっていて、次は14時だという。 ええ?20分も外??気温は0度くらいだった。凍死するぞ、ごるあ!この入口の両脇に小部屋があって、切符を切るおじさんほか数名が向かって左の部屋にいる。「あっち(右)の部屋の中で待っていなさい」と言うが、そっちはおばちゃん連中がだべっていて、密度上それ以上入れない。 休日でも週末でもない。寒いし、ほかの客は一人もいない。おばちゃん達は観光客でなく、そこの人だった。職員多すぎるだろ!おじさんに「早く入れてくれ」と言っても、「ガイドの時間が決まっている」とぬかされる。 そのあたりをウロウロして、おばちゃんの小部屋には入らなかった(物理的に無理だったし)。時間になって、その部屋から出てきた人がガイドだった。おばちゃんって言いたいけど、アタシより若いんだろうなあ。 鍵を開けて、電気をつけて、おばちゃんだけ懐中電灯を持っていて、足元を照らしてくれたり、「頭ぶつからないように」と言ってくれる。 恐ろしいのは初めにどんどん下ったこと。どんどんどんどん。これだけ下がるってことは、最後はそれだけ上がるんだよね? かなり歩いて、船着き場に着く。これ↓は港を離れたところ。 前後二列で二人ずつ座るだけの小さい船。私は後ろに座っていて、これは↑後ろむきに撮ったんだが、頭がぶつかりそうで常に注意していた感じ。 船頭が頭上の綱をたぐって前進。 前の二人に「こっち向いて。写真撮るから」って言いたかったけど、その余裕もないくらいの「頭気をつけてー」、「かがんでー」の繰り返しだった。 石にはそれぞれ無理やり名前が付いている。 目玉はこれ!洞の名前にまでなっている「銀狐」。 急激に上がると、そこからかなり長いこと平らなところを歩く。そこには石炭を運ぶレールが敷かれていて、小さい汽車(?)がある。現在は使用されていないが、写真は中国人のブログへ(下の方の緑色の)。 最後、上がっても上がっても、上がり終わらず、上がって上がった。足腰弱い人、老人、小さい子(歩くのが嫌になって親がおぶるのも大変だから)は無理だと思う。私たちは友人4人だけだったから、ガイドに「休む?」って聞かれたときは休めたが、これが知らない人と一緒の場合は、待たせるのも悪いからね。 石花洞のことを全然覚えていないんだけど(ヤフーブログに書いてあるはずだが開けないし)、歩くのを非常にめんどくさがる息子が文句を言った覚えがない。だからキツくなかったんだと思う。銀狐洞は覚悟したほうがいい。 <完> |
私のファンはいるけどね。私がファンなのは、、、今は故宮の院長くらいかな。だって、他に思いつかない。
11月14日の記事で院長がしゃべっている動画を紹介した(ココ)。もっと前の動画を貼っておく。故宮にある9千余の部屋すべてに入ったのは二人で、そのうちの一人が現院長の单霁翔。 1. 故宫院长单霁翔走完9千多房间 ここで↑言っているが、地図を見ながら、5カ月をかけて故宮の9千余の部屋をまわり、今後どのように修復、公開するかを検討したという。 2. 萌萌哒故宫博物院院长单霁翔上海交大演讲圈粉无数! 私が单院長をいいと思うのは、まず「よく働いている」。そして「面白い」。真面目な顔して冗談を言う。ものすごくとぼけている。まさにこの↑記事のタイトルにある「萌萌哒」。この上海交通大学の講演の方もネットで探せなかったが、拝聴したい。 135分しゃべって、水を一口も飲まなかった。おいおい、北京人でしょ!聞いている方は笑いが絶えず、拍手は50回以上。とても楽しそうだ。誰かの3時間半はあくびが出たよね。 以下、院長以外の故宮ネタ。 3. 我在故宫偷文物 《我在故宫修文物》というドキュメンタリーがあり、その第二部を撮っている最中らしいが、それならば「我在故宫偷文物」があってもいいんじゃないかという冗談だ。 1959年から2011年の間に7回泥棒が入っている。↑この記事読むといい。一つだけコピーすると。 1962年4月16日夜。36岁的孙国范潜入珍宝馆的养性殿。那一夜,孙国范先是藏在珍宝馆大门外厕所后边的阴暗夹道里,天黑无人后,他登着珍宝馆墙下的脚手架,翻进了珍宝馆院子,钻进养性殿,打碎展柜的玻璃,拿出了金碟金碗,接着,又撬开了一个展柜,把里边的两颗大金印也装进了背包,背在身上,原路返回。 孙国范自以为干得神不知鬼不觉,其实,他一进入养性殿,警报器就把消息报告给了故宫保卫处值班室,保卫处一面派人跟踪搜索,一面向派出所、公安局及警卫部队报了警。当他爬上墙头的时候,墙那边有200多名警察正在等着他。 1962年10月,孙国范被判死刑。 金の皿やお碗、金印(どんだけ金好き?)を盗んで壁をよじ登って帰ろうとした時に、すでに警報器で知らされた200人の警察が待っていた。死刑になっちゃうんだね。っつーか、度胸がある。そもそも成功すると思うのが愚かだ。でも200人は多すぎるんじゃないか? 4. 根据故宫博物院展览计划安排,文华殿展厅将暂行关闭进行提升改造,位于文华殿内的陶瓷馆展览将展出至2017年12月17日,自12月18日起停止对外开放。 文华殿の陶瓷馆は12月17日までで、その後は対外開放停止。文华殿は来年は書画館になるからその準備か?? 以上。 |
うちを9時半出発。運転していただいて女四人旅。10時には着いた。渋滞なければ30分で着くと知る。
入口。20元を払って、ここから入る。 獅子がね。ほとんど綺麗な形を成しているんだけど、右上のように顔の形がほぼわからないのもあり、新しくしたのが多いんだと察する。 写真はあっちに大きくたくさん載せた。 敷地内に露天のお土産屋(小さい獅子が対で売っている。10元から)があり、晓月轩は室内。日本語で「書画の販売 品がよくて値段が安いです」と書いてあった。引き寄せられるように入って行ったが、何十年も売れてないような掛け軸がかかっていたりして、買うようなものはなかった。 盧溝橋の入口(チケット売り場)の向かいに城壁がある。 宛平城…明代の崇禎年間に橋頭堡として築かれたのが始まり。城門は2カ所で、城壁の外側に見張り用の窓、その下部に射撃用の穴などが施されている。1937年に発生した蘆溝橋事件の影響でかなりの破壊を受けたが、1984年に改めて城壁、城楼、城郭が再建され現在の姿となった。 (感動中国より←こんなサイトあるんだね。「ガイドブックはもういりません」と豪語しているが、私レベルの人間には物足りない) そこを通って、徒歩3分で中国人民抗日战争纪念馆へ。パスポートを見せて、チケットをもらう(無料)。 正面にドドーンと刻まれた1937.7.7。中国で教育を受けていれば、7月7日は忘れない。 中は広い。 博物館もデカけりゃ靴もデカい。靴の上に履くのかと思ったほどだ。 勉強家の皆さんと一緒だったので、ちゃんと読んで、知らないと調べる。 东北抗日联军穿过的靰鞡鞋 靰[wù]鞡鞋……用厚厚的牛皮缝制的一种鞋子,具有良好的保暖效果。 私はついつい「昔の人は字が上手だった」ということに目が向いてしまう。 周恩来の「中共中央为公布国共合作宣言」。 日本軍の残虐な行為のところは写真を撮れなかった。心情的に。 だいたい見終わるところで、ちょうど解説員がいて、大勢の人が囲んで聞いていた。それが「靖国神社に祀られている戦犯」の写真のところだった。ここで日本語を話そうもんなら、質問攻めにあったりすると思い、友人と見ていたが、口はしっかり閉じて緊張していた私だが、解説員が話しているのを聞いて非常に意外に思った。 「戦争は国がやったことで、この人たちは個人だというのが日本の考え方だ」というようなことを言っていたのだ。「死んだら罪を問わない」とまでは言わなかったけど、そのあと「仏教がどうのこうの」と言った。ちゃんと聞き取れなかったけど、はっきり耳にしたのは「我们应该宽容」。単語では「宽待」とも言った。 誰の指導??それでなくても記念館の名前が「抗日」で、参観者は憎々しげに見ているところへ、もし解説員がさらに煽るようなことを言ったら、「日本め!」という気持ちが残ったまま退館することになる。でも、「寛容でいなければ」なんて言われたら、気持ちは違う。 私も先入観が強すぎるから、覚悟して観たんだが、ああそうきたかと感動すらした一幕だった。 官网には日本語もある。割と近くまで地下鉄14号線が通っているのだが、14号線は東段終点の北京南站から、西段まで全部繋がっていないので、朝陽区からだと乗り換えを何回かしないとたどり着けないだろう。 このあと行った「銀狐洞」にいつか続く。 |
<昨日より続く>
私はコーヒーを飲もうと思って、一人で福叁cafe(大众点评)へ。 平屋の梁(はり)はみんなこうだよなあ。一番初めに住んだアトリエと同じだと思い出した。画家村のレストランへ言っても、いつも思う。北京の平屋はこう作るのかと。 美式咖啡25元。 今、ネットで見たら、「污咖啡」という妙なネーミングのアイスコーヒーがあった。 話は逸れるが、このすぐ南(杨梅竹斜街)にSoloist Coffeeがあって、行ったことがある。ブログで記事にしたことあるけど、執拗なこだわりがレシートに書いてある。 「请称呼我们咖啡师」(服务员なんて呼ぶんじゃない!バリスタ様なんだから) 「本店饮品均已考虑到甜度和口感平衡---不供糖」(砂糖入れるお子ちゃまは来なくていい) 以上のように自信満々。私はミルクも砂糖も絶対必要だし、人によってコーヒーの好みはまちまちなのだから、用意するべきだ。砂糖を出さないカフェって日本にあるの?北京で経験したのはあと一店。1年前オープンした時行った、四葉グループ「万葉」ではっきり「砂糖を入れなくても美味しいので」と中国人服務員に言われた。「驕れる者久しからず」という平家物語の一文をぼやきたい。 まあ、それを差し引いても、Soloist Coffeeのコーヒーは普通だった。日本人の友人も「味、普通」。同じことを言った。家で淹れてもコーヒーは美味しいよね。 でも、おととい飲んだ福叁cafeのコーヒーは美味かった。いやいや、砂糖入れたからじゃないよ。私の好みの問題かもれないが。ケーキ頼まなかったけど、美味しそうだった。 この店、こじんまりしている。満席。私は一人だったから、相席になったくらい。客がとても静かで良かった。 この日は風も強く、空気質量指数も低かった。外に出たら、空は水色から深い紺青色に変わっていた。ぼんやりしていた私の心は、冷気も手伝い、瞬時に醒めた。 そして、バスで帰ったとさ。 <完> |
北京大学の日本語学科の授業へ行った時、「琉璃厂へ行きたい」という学生がいて、昨日三人を案内した。なぜ琉璃厂なのか聞いたら、「魯迅の授業で、魯迅がよく行っていたというので、どんなところが見てみたかった」と。
地下鉄「虎坊桥」駅で待ち合わせ。いつものようにバス通りを通らず、胡同を北上。 晋江会馆 林海音の故居だと知ると、みな敏感に反応し、中には入れないので外だけ写真を撮る。林海音は中国人なら絶対読んでいる(課題図書になるから)《城南旧事》の作者。うちにも本ある。私も名作は原文で読んでみたいけど、いかんせん長いからなあ。 すぐ北に永兴庵。 昔はここにお寺があり、その前後に新聞の発行所があった。 さらに北上して突き当たると、琉璃厂。三人は琉璃厂初めてだったので、絶対連れて行くべき荣宝斋へ。 二階の画廊で「吴昌硕/齐白石」展を開催していた。最終日。タダで本物を見られて、満足。 (撮影:王さん) 写真かっ!とツッコみたくなるようなトンボの細かさ。これを工笔という。葉っぱの部分は写意という。 ここを出て、東へ。琉璃厂の一番東を南に曲がると、すぐ突き当たり、そこから東は全長20メートル、北京で一番短い胡同と言われている一尺大街。 杨梅竹斜街に出る。引き続き東へ。ここはぼちぼちショップ、飲食店が増えていて、南锣鼓巷みたいになるんじゃないかと言われていたが、店の増加速度が非常に遅くていい。そして、南锣鼓巷はどの店も同じようなものを売っていて特色が見られないが、このあたりの店は「ここにしかない」物が売っているのがいい。 外には英語でbeijing postcardと書いてあって、それが店名なのかな。北京関係のハガキ、ハンコ、ジグソーパズル、バッグ、枕が売っていた。 何がびっくりって店員がいないこと。支払いは微信。監視カメラは付いているんだろうけど(未確認)、黙って持って行っちゃう人、いないんだろうか。 この店は不思議な空間だった。同性愛をテーマにした日本の本とか、「それ、宜しいんですか?」ってな内容の日本の物が売っていた。 剪纸地图と入口に書いてあったが、世界各国の主要都市の道の切り絵と木製コースターが売っている。珍しいし、センスもすごくいい。コースターは北京1個、東京1個を買おうかちょっと迷ったが、1個40元という値段を見てやめた。 警察と書いてある自転車。本当に警察が使っていないのなら、まずい。 こんなに横に細長いカゴ、珍しい。 大栅栏,前门大街へ。そしてまたまた北京坊へ。ここに本屋、PAGE ONEができた。来年できるMUJIホテルの並び。 ここで解散。彼女達は地下鉄に乗るというので、前门はここだよと教えて、バイバイ。 「一人でコーヒー」に続く。 |
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