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展覧名称:人生若寄——斉白石的手札情思展
展覧時間:2014年1月10日至3月18日 展覧地点:北京画院美術館 地図はここ 展示品の写真はHPからも。 中国人で斉白石を知らない人はいないだろう。中国に居る日本人だって、たいていは知っているはず。生誕150周年を記念した個展がこの金曜日に開幕した。 中国画に「工笔」と「写意」という分類方法がある。「工笔」は細かく描いて、「写意」は一筆でガガガーって。え?わからない?今回の展示で説明すると……。
あーら、不思議。虫眼鏡で見るより、肉眼のほうがはっきり見える(のはカメラの技術?アタシの腕??なのか不明)。
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おせち料理。1月5日編。
1かまぼこ(日本から来た友人に買ってきてもらった) 2昆布巻き、黒豆(帰国時、多慶屋で買った) 3田作り26元、伊達巻38元(1月2日フレッシュネスで買った) 4海老(「有頭えびの艶煮」) 5ちらし寿司 6筑前煮 以下、おせちと関係なく。 7「韓国風にら豚焼き」 おせち料理。1月9日編。
上記の1-6に加えて。 1なます 2「松風焼」 以下、おせちと関係なく。 4「手羽先と大根の煮物」 日曜日に数組呼んだら、諸々の事情で1組しか来られなかった。たくさん作っちゃったので、翌日近所の友人に電話して、「今からおかず持っていくけど、家にいる?」と二人でオナゴランチ会。日曜日に来られなかった一人が後日来るっていうから、もう一回作った。この日は息子の大好きな暴れん坊将軍の話などで盛り上がり、息子特に大爆笑。私もゲラゲラ笑った。 おせち料理を食べて、笑っていられるのは幸せだと思った。 |
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1週間東京に滞在して、帰りは20時成田発。デルタって遅い。でもチケット安いから文句言わない。遅すぎるからだと思うけど、乗客に日本人が少ない。搭乗口まで来たら、数人名前を呼ばれる人がいて、アタシの本名(当たり前か)も呼ばれた。先に搭乗できて、金持ちなのかと勘違いしてしまう。エコノミーなんだけど、ゾーン1だと優遇される。 飛行機の中では隣の席の人と話すでもなく、ゲームを始めた。時間が遅いからみんな寝てる。 これ止められない。種類がいろいろあって、初めて「endless」というのを選択しちまったら、本当に終わらせてくれない。さすがに1時間以上やって(やりすぎだろ!)、周りの人達に「この女、いいトシして、ゲーム好きか」と思われたら嫌だと妙に体裁を気にし、映画を見始めた。初めて見た『踊る大捜査線』。見終わらなかったよ。ゲームしなきゃよかった(子どもか、貴様)。 北京空港に着いて、空港を出たら、23時。タクシーに乗らない私。市内まで行くバスに乗る。22キロの大型トランク持って、バスの中に乗り込む。座席一番前は左右ともに荷物置き場になっている。私は最初のほうに乗り込んで、そのデカいトランクを運転席のすぐ後ろに置いたんだけど、後から乗ってきた人が上にどんどんどんどん小さいトランクを置くから、降りるとき取り出すのが大変だなと思った。 私は荷物置き場のすぐ後ろ、座席としては一番前に座った。バス停はいくつもあって、料金も違うから、運転手と別に兄ちゃん(車掌?)が乗っていて、降りるとき乗客が料金をちゃんと払っているか切符を見たり、荷物をチェックをしたりする。兄ちゃん、バスが動き出して、初めは立っていたが、しばらくすると、数あるトランクの下からものすごい力で何かを引っ張り始めた。何かと思ったら、座席のクッション部分だけを取り出して、バスのステップに敷いて座った。 フラッシュ焚けなくて(急に光ったらみんなをビックリさせてしまうし)、暗いけど、兄ちゃん座るの図。 自宅から一番近いバス停に到着し、そのデカいトランクを取り出す。夜は道が空いているし、運転手も「别着急」などと優しく言ってくれる。そこからはタクシーに乗って、自宅到着。25時だったわ。うち6階でエレベーターないからさあ。大変よ。トランク22キロで重いけど、「一切都是為了肥茶(ダイエットになる)」と一縷の望みを胸に、ゆっくりと運ぶ。ダンナが北京にいれば、絶対に空港まで迎えに来てくれるのに、台湾で個展をやっていて、ちょうど開幕の頃、不在だった。 就寝は午前2時。子ども達は毎朝6時に起きる。私、起きられなかった。絶対に無理。もう死んだふりして、ばあさんに任せた。ばあさん有難うっていう話よ。
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子どもを産んでから、一人で飛行機に乗るのは2回目だった。いつも子どもと三人で三人がけの席に座る。先月一人で飛行機に乗った。私の席は25Bだった。機内に入り、数字をたどり、ここが25だと確認したとき、すでに窓側の25Aにオバちゃんが座っていた。座りそうな私の目を見つめ、「25、B」と言った。来ターーーーーー!こりゃ、話好きそうなオバちゃんだ。その実、私はものすごく中国語をしゃべりたい。しゃべって上達したい。北京に住んでいるとはいえ、会うのは日本人、子どもとは日本語。日本語できない夫とは同居していない。普段中国語をしゃべる機会は至極少ない。実は飢えている。 私はオバちゃんに頷き、25Bに座った。カバンを足元に置いたら、オバちゃんが「不放上面啊?」(上に入れないの?)と。私は「放也行(入れてもいいんですけど)」。そして頭の上の収納棚に入れた。オバちゃんの言いなり?座る。 オバちゃん:你是出差吗? 私:不是。我是日本人,住在北京的。我爸爸住院了回去看看 このオバちゃんがよかったのは、機関銃のように話すワケではなかったことだ。ガーっと話して、暫くシーンとなって、今度は私が話しかけて、というより、私から結構話しかけた。 オバちゃんの娘は30代で、日本人と結婚して、東京に住んでいる。もう10年になるという。自分は日本へ何回も行っているが、日本は素晴らしいを連発。 ・数年前、ある公園で絞り染め体験をして、その後タクシーに乗って、レストランへ行き、お昼を食べた。その工芸体験はクーポンを持っていたら、割引になるのだが、出すのを忘れた。それをタクシーの運転手に話した。食事をしていると、運転手がその差額を持って、渡してくれた。そりゃ、私もビックリだわ。 ・新幹線に乗ったとき、5歳くらいの子どもが鼻をかんで、新しいティッシュにそれを包んで、ポケットに入れた。 ・靴を買って、足に合わないと思い、返品したが、返品時全然嫌な顔をされなかった。 ・北京の地下鉄を見てみなさい。若い子はみんなゲームをやってるわよ。デルタに乗ったらゲームをやるアタシはゲームができなくて尴尬(おいおい)。 私から「お嬢さんは日本の生活に馴染んでいるんですか」と聞き、「馴染んでない友人がいるんですよ」という話をしたり、ずいぶんいろいろしゃべったなあ。オバちゃん、どう見ても教養があるって感じで、先生みたいだなと思ったら、本当に学校の先生を退職した人だった。中国人がこういう人ばかりならば、「中国人は外国でマナーが悪い」って言われないのにと思った。 飛行機から出て、オバちゃんは小さいトランクを持っていたが、私は荷物が少なかったので、そのトランクを引いてあげた。オバちゃんはすごく遠慮したが、私が「我比你年轻」と言って、歩きながらまだしゃべっていた。 オバちゃん「日本は空港がきれいよね」と言うので、私が「いや、今は北京空港だってきれいじゃないですか」と言ったが、「見てごらんなさい。絨毯が敷いてあるのよ。それなのにこんなにきれい。中国では無理だわ」。これは言われなければ気がつかないことだ。絨毯の手入れってとても大変。中国、確かに無理だ。 数日前、北京のお兄様が微博で中国人弁護士の文章を転載していた。 带孩子在北海道旅游。短短几天,日本人的干净、礼貌、友好、团结、有秩序,对生活的精致态度,对工作的责任心,给我们留下很深的印象。孩子们在幼儿园和小学被刻意灌输了一些仇恨日本、丑化日本的内容。最有效的对付办法是现实中的了解。 これに対する中国人のコメントが。 ・本来觉得你是有名律师 但是觉得你太卖国。 ・野蛮人需要文明来伪装。 ・被丑化的皇军是现今的。日本人民吗?不受欢迎的日本右翼领导人是日本人民吗? 日本を是非その目で見てほしい。 |
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joさん: ①青信号で渡るより、赤信号で渡ったほうが良いときもある。青信号を無視した車もあるので、赤信号で車がいない時にわたるのが一番安全。 ②レストランでお持ち帰りができるので嬉しい。日本では持ち帰りは断られるけど、北京で生活していると持ち帰りできます。「もったいない」の精神が生きています。日本でも自己責任で持ち帰りできるようになるといいのだけど。 ③羊肉が大好きになりました。日本で生活していた時には人生で3度位しか食べたことなかったけど、クミンなどの香辛料が効いた串羊肉、やめられません。 マリさん: ①中国に居た日本人ですが、帰国して間もない頃は、トイレに入った後に一瞬「紙はどこに捨てるんだ?」っと、篭を探していました。 ②中国では携帯の通話代が安いので、ついつい日本でも長電話してしまい、プリペイド携帯のチャージが一回の通話で無くなった事があります。 ③羊肉を食べるようになり、それも好物になった。 waさん: ②人の言うことを信用しなくなった。日本なら「言霊」があるから、一旦口にしたら何が何でも守る的な文化があるけど、こっちじゃそんなもんないから、相手の言ってることはコロコロ変わる。いくら「あれやるこれやる」って言ってても、実際やりはじめるまでは全く信用できない。 Liさん:道に迷った時など、地図を見る前に、そばにいる人にどんどん聞いてしまう。人が道に迷ったりしている時、聞いている相手が自分じゃなくても答えてしまう。 てびさん:スーパーの店員さんとかお客さんとかとちょっとした話しとかしてしまう。日本でこんなんするのおばちゃんですよね(笑)?あと、どこでもカジュアルウエアで行ってしまうこと。息子の学校の保護者面談も・・・東京であんな格好で外歩けないって!でも周囲がみんなそうだから。この前洗い髪でパジャマ?っていうママを見かけました。あそこまでは絶対染まりたくないって死守したいけどどうなるかな~。 匿名さん:不動産関係勤務の某友人から聞いた話。中国の方がお住まいになっている部屋はトイレが良く詰まるそうです。これを聞いてピンと来ました。多分、お茶の葉とか食べ残しとか捨てちゃうんですよね。ゴミの分別も日本は細かすぎて大変ですが、その方が街がきれいですよね。 akさん:何も信用しなくなった。 あきさん:ひまわりの種を食べるようになった。 チャさん:他人の目を気にしなくなった。空気を読もうとしなくなった。 doさん:引っ越しのたびに潔く整理してきてたせいか、物質的な思い出が手元に残りにくくなったな~。 そうそう、長期的展望ってのもなくなっちゃったかも・・・突然の生活変化がおとずれても動揺もしなくなったし、前にも増して順応性も高くなったけど。 この国に来て2週間が経過したけど、既に車を運転中は制限速度の1割増しくらいで走ってしまうようになってるな。 ほあさん: ①公共交通機関ですぐに座席を譲る様になった。日本だと余計な事を色々考えてしまい、中々難しいけど。 ②よく声掛けをする様になった。降りる!とか、ちょっと退けて下さい!とか。日本なら相手がこちらの行動を察知してくれるのが当たり前だが(楽だけどそれが疲れる事もあります)、中国では声掛けして初めて察知して貰えるから。 ③身なりに余り気を使わなくなった。中国の自由過ぎるファッション?に感動さえしている。日本は画一化して面白くないが、安堵感はある。 ④何でも量り売りなので、値段の比較がし易い。日本だと林檎一個88円の広告に踊らされてスーパーへ行くと、小さめだったりする。中国で毛布さえ量り売りしていたのには驚いたが、自分の好きなサイズで切って売ってくれる(端処理もその場で縫う)ので、凄く便利だと感動した。 ⑤知らない人から話し掛けられても、全然驚かなくなった。スーパーで店員や通りすがりの方に「そんな安物を買ったら、結局損するよ」とか「こっちの方が断然良い」などとしょっちゅう言われる。 ⑥最低三日間位は籠城出来る様に、食糧を確保する習慣が身についた。何も起こらない事を祈りつつ。 レモさん:え、日本の人って店員さんとか公園にいる人とか知らない人との会話を楽しんだりしないのおおお?!と驚いている私がいた。ヨガウエアとかランニングウエアとかいう呼び名のジャージばかり着て過ごし、子どもの学校にもどこへでもこれで行くので、ウエストが無くなった。制限速度の1割増は安全運転、2割増はノーマル。羊肉(ラム)は高級でかっこいい食べ物。ラムバーガー出す店増えてます。中国ではなくアメリカ在住です。 ここからみどり。私は何かな。上記のコメント「私も!」な箇所が多い。 <思いついたら足していく> あ、コメント欄に追加していいから。 |
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①茶芸師ともこさんのブログより。 ■2014年1月13日(月) 10時半~15時半 ■場所:RECYCLEBOOK『CLOBER』朝陽公園西路9号 碧湖居4単元2階1426室 ※CLOBERさんでは本の買い取りもされていらっしゃいます。イベント当日も買い取り可能だそうです。 この日売るもの。子供服、茶葉、茶器等等。詳しくはともこさんのブログへ。 日中韓共同制作による舞台『祝/言』の北京公演が1月10~12日、北京蓬蒿(ポンハオ)劇場で上演される。青森県立美術館舞台芸術総監督を務める劇作家、長谷川孝治氏の作・演出による同作は、東日本大震災以前と以後が舞台。東北を拠点に活躍する演劇人、中国・韓国の演劇人、さらには伝統芸能継承者も加わり、作品を通じて日中韓の未来を考える。 日時: 1月10日(金)19:45~ 1月11日(土)14:30~、19:45~ 1月12日(日)14:30~ 場所:北京蓬蒿劇場(南鑼鼓巷 東棉花胡同35号) |
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アトリエには暫く行ってなかったんだけど、元旦一日学校が休みだし、行って、ネタ拾ってくるかと、アタシが提案した。2014年1月1日0時過ぎにアトリエに着き、同日19時にそこを去るまでにあった、思い出(ぷっ)をここに記す。
前に紹介したけど、物騒なものがある。これ、中、カラだから(←当たり前だろ!)。 これとは別にうち中の木材を集めて、一つ机を作った。 このほか、中国名を「姜不辣」という、生姜の形をしているが、まったく辛くないという、存在の意味が全くわからない代物がある。それを庭で育て、採っては塩漬けにし、瓶に詰める、ばあさんお手製の漬物がある。食卓に置いてあった「姜不辣」は少量で、お椀の中で干からびていた。私が冷蔵庫の瓶から新たにお椀に入れようとするそのとき、ばあさんがやってきて、その古~い姜不辣のお椀に足せと私に命じた。拒否する私。炒め物もそうだけど、そうやって、残ると足して、残ると足して……。もう元祖はいつの時代の物がわかったもんじゃない。恐ろしいので、干からびた方はゴミ箱へ入っていただいた。 因みに市内へ帰る時にどっさり持たされたのだが、塩の量が少なく、日持ちしない模様。何気にもう臭いんだけど。
1. 昼の残り二品のうち一品を、作っている最中のスープに足した。 2. 昼に私が作ったおでんは鍋ごと食卓に置いたのだが、夜にはだいぶ量が減ったので、ばあさんが皿に移し替えたのだが、下には香菜がいっぱい。昼の残った料理の皿に盛った模様。 私、同居してないから!それが何よりもの救いだ。 |
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