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旅館を出て、小涌園バス停へ行き、5分乗って、強羅駅で降りる。強羅は公園くらいしかないので、乗り換えだけ。すぐに箱根登山ケーブルカーに乗る。中国人客結構いたなあ。景色がすんばらしいって、日本人の若者も「わー」、中国人「うぉつぁお」←冗談だよ。この路線、紫陽花の時期はすごく綺麗なのだが、7月下旬はやや汚らしかった。仕方ない。どんどん山の上へ上がっていくのが体で感じられる。ホームには駅名の下に標高も書いてあるのが良い。じいさん、ばあさんも景色を楽しんでた。
終点、早雲山駅で降りる。すぐにロープウェーに乗って、大涌谷へ。箱根のガイドブックは持っていたけど、初めてここに来たから、どう周るのか実はよくわからない。駅出て、すぐ左に「登山入口」と書いてあった。老人、そっちは無理だ。ここは硫黄の臭いが強烈で、白い煙がもくもく出るのが見所らしいので、白いほうへ向かって歩き始めた。ペットボトルの水は持っていたが、あたしゃ、ほかのがいい!中国人を無視して、「アイスコーヒー」を、子どもも好きな飲み物を買って飲んだ。 一番白い最終目的地までわてら6人で歩き始めたら、じいさん、ばあさん、ダンナ「後どのくらいあるんだ?」。老人と病人が「引き返す」という。え?この日初めての観光スポットさえ無理?一日たくさん歩いた夕方でもないというのに?ばあさんがどうしてもダメで、「戻って待ってる」。暑いのもあって、じいさん、ダンナ、ヘトヘト。ゆっくり歩き、目的地に着く。北京にいては見られない光景(東京でも)を目の当たりにし、ここまでたどり着いてよかったようだ。 駅に行く途中に富士山が見える。喜ぶじいさん。 駅に向かい、ばあさんを探す。娘が紙コップの冷たい牛乳を買った。「これ美味しいからおばあちゃんにあげる」と言って手渡すと、「冷たい!」と言い、ペットボトルの水を注ぐ。気持ち悪いっての!駅舎に入って、富士山を見てないばあさんが「私も見る!」と言う。私が「まだ見られます」と言い、再びロープウェーに乗って、桃源台へ。 芦ノ湖の一番北に着く。ここから海賊船に乗って、遊覧。箱根町で降りる。ちょうどお昼の時間で、数軒見て、「トラウト」という店に入る。座って氷水が出たら、ばあさんがいきなりペットボトルに注いだ。「まったく!冷たいんだから」と怒る。私はどの店に行っても、「お湯ありますか?なければ、氷なしの水がほしいんですけど。3杯」と出し直してもらった。 箱根の関所を参観。このあたりで富士山が見られるスポットがあるのだが、午後から天気が悪くなり、まったく見られなかった。 海賊船乗り場に戻り、元箱根へ。ここで参観するなら箱根神社だが、「もういい」と。帰路に就くべく、バスを探す。バスが出発したらね。来た方向へどんどん戻るのよね。関所の前を通り、海賊船に乗った箱根町の乗り場にも行く。おいおい、最後に船に乗ったことを否定された気分。でも途中乗車だと席がなかったので、始発でよかった。私が坐った前も後ろも中国人だったよ。バスに溢れる中国語。听得懂な私。箱根旧街道でなく、箱根新道を通ったので、30分で箱根湯本駅に着く。 新宿行きを見ると、あと7分で出発。私、お土産買ってない。箱根湯本駅付近はお土産屋がたくさんあって、私は駅を出てゆっくり見たい。それで30分後の切符を買った。改札口にいた私の同伴者達、「坐るところがない」。この人達、喫茶店に入って、ゆっくりしようとは絶対ならない。老人&病人、疲れ果てている。あーあ、もーしょーがない!「後5分で出発だけど、乗る?」と言うと、「乗る」。切符買い直した。そして飛び乗った。 いいです。今回はアンタ達優先で!とプリプリ怒りながら、車内販売のアイスコーヒーを飲む。みんな寝てたな。私もちょっと寝た。両親をホテルまで届けたとき、ばあさんが「今日は疲れたから、晩ご飯は自分でどうにかする」と言った。スーパーが近くにあるから、そこで買ってもいい。3000円渡し、「なんかあったら電話ください」と言った。それが悲劇を生むとはこのときは想像できなかった。 |
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娘の問題は将来進みたい方向が見えていないこと。まあ16歳で将来の職業が決められるかって言ったら、みんなそうなワケではないのはわかる。でも、学部を決めたい。それより先に大学が日本なのか、中国なのかってとこから迷っている。 以下、これまでに聞いた話。 ・中国の詰め込み式の教育はどうかと思う。 昨日に引き続き、横のバーでアンケートを開始したので、おねげえしますだ。 お題:うちの娘、どっちに進んだほうがいい? 「アメリカは?」と複数から言われたけど、母子ともども(息子除く)アメリカはじめ、ほかの国にまったく興味がない。お金かかりすぎるしぃ。いずれにしても英語はしっかり勉強しなきゃいけないと思っている。 娘がもし日本に滞在するとなると、東京の実家に住ませてもらいたい。娘が「静香がいたら、おじいちゃんおばあちゃんが喜んで長生きするよね」と目を輝かせた。そういうことが口から出る子に育ってくれただけで私はもう十分だ。大学行かなくていい(とは言わないけどさ。決して)。でも、何よりも娘にとって何が一番いいのか。 余談だけどね。書道はやらせようと思う。ペン字教えるだけでも、食いつなげられる。「手に職」の必要性はひしひしと実感している。 |
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うちの娘、この9月から高二。大学は日本か中国か、学部、将来の職業、迷っている。私としては早く進みたい学部を決めて、受験科目を定めて、それに向かって2年間しっかり受験勉強をしてもらいたい。ヒトに会うと、いつ大学の学部決めた?何学部?と聞き、(ああ、それで今こういう仕事か)などと思う。 あなたはいつ学部を決めましたか。何学部に進みましたか。今の仕事と関係ありますか?1. 理系 |
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娘、日本語勉強してる。ぼちぼち。日本の国語の教科書、小学校1年生から読み始めたとき、私はつきっきりで「これ意味わかるの?」などとチェックしていたが、今、5年生下。「自分で読んで。わからない単語は私に聞いて」と言い、自分で読んでいる。 敬語を学ぶ章。「だ」を「です」に書き換える練習をしましょうだとつまらない。で、「宇宙人からのメッセージ」というタイトルで、さとる君の友達の宇宙人が書く日本語を直すという過程を経る。 「わたしらは、遠い宇宙のかなたに住むピロル星人や……そこに着陸したらあかんちゅうことやったら……」。さとる君と宇宙人が相談して、よりよい日本語に直していく。 「わたしたちは、遠い宇宙のかなたに住むピロル星人だ……そこに着陸してはいけないということなら……」(もう少していねいな、改まった表現のほうがいいとして) 「わたくしたちは、遠い宇宙のかなたに住むピロル星人です……そこが着陸禁止ということであれば……」 そもそもなんで教科書で関西弁を読ますねん! 次は椋鳩十の文章だ。小五でもまだひらがなが多いから、やはり読みにくい。ひらがなの横に漢字で書かせることを指示する。たとえば、かりゅうど、がんじょう、りこう……。「いろり」は説明しにくく、ネットで画像検索してみせた。 囲炉裏という字を私が書いた①。 娘:ママ?何?数独?② 繁体字を読めるくせに、日本の漢字で知らないものがまだたくさんありそうだ。 |
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① 昨日の大ニュース。芸能人がクスリで捕まった。柯震东っていうのはイケメン俳優(なんでしょ?)。そして房祖名。ジャッキー・チェンの息子じゃないか。朝からテレビでもやってた。 拘束された後にテレビカメラが入って、記者がインタビューできる国なんてこの国くらい?モザイク入ってる意味がよくわかりません。柯震东のほう、長かったなあ。 先週息子が私の携帯を見て、「ママは日本人だね!」とバカにした。短信のやりとりはこう。 私:你下周二上课,方便吗? 息子が見たのは「下周二见!」のみ。中国人はこう書かないと言うのだ。まず「!」。「なんで会うだけなのに、感叹号なの?中国人なら好だけでいいの」と言われた。確かに中国人から来る短信って返事の場合「好」だけが結構ある。ほかに強く感じるのは、中国人が打つ短信には句読点がない。 |
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じいさんばあさんが箱根へ旅行に行くのは最後だろう。また日本国内で旅行に行くことがあっても、別の場所を私は選ぶ。せっかくだからと、いい旅館をとった。ダンナが中国人の日本人がおススメした「三河屋旅館」にした。和式の宿であること。孫文が泊まったことがあること。これは中国人にはもってこいだ。
創業明治16年(1883年)。これが正面。 後ろを振り返る。 ここから入る。 入ったところから外を見る。入ったとき、着物着た仲居さんが5.6人並んで「いらっしゃいませ」とおじぎしたから、一同ビックリした。そこまでしていただくなんてという意味で 。 靴を脱いで上がる。ダンナなんて靴下に穴開いてたよ。じいさんばあさんだけでなく、私の靴もボロボロ(おいおい)。日本で新しい靴買って、履いてきた靴は捨てようと思っていたくらい。で、まだ買ってなかった。いと恥ずかし。 男女両方とも大浴場と明治風呂がある。明治風呂の脱衣所と中の天井は設立当初のもの。120年以上使ってるってすごいな。私はダンナにそういうところを案内できて、うれしいよ。 大浴場のほうに綿棒やブラシがある。ばあさんが孫に「後でまた綿棒使うから、持って行きなさい」とティッシュにたくさん包んでた。 玄関入ってすぐ右にあるラウンジには古~いゲーム機があった(使えないけど)。 ご飯を部屋で食べる。夕食。 朝食。旅館って朝からこうだと思うけど、じいさんばあさんは「早上怎么丰盛」と目を輝かせてた。 和食って中国人には味が薄いんだよね。 じいさん、味噌汁のはまぐりを取り出して、醤油につけて食べていた。汁とかソースとか、「これにはこれ」と日本ではルールがあるが、中国人は知ったこっちゃない。味が薄いものにやたら「何か」をつけて、口に運んでた。 チェックアウトして、孫文が(竹久夢二も)泊まったという部屋を見学させてもらった。本人が書いた字が部屋にかかっているのだが、印刷だった。本物はしまってあるって。思ったより広くなく、もっと高い部屋、露天風呂付きの部屋もある。この宿、本当によかったよ。じじばばダンナも満足していたはずだ。 ホームページはここから。 |
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据说日本的吉野家都是男性上班族吃的?很少有女性进去吃饭吗?
微博に私が日本の吉野家に行ったことを書いたら、上記のような質問がきた。 日本の吉野家っていうのは、男性(サラリーマン)が行くようなところで、女性が行かないというのは本当ですか? 立ち食いそばとか、女性行かない?私の若い頃は行かなかったな。吉野家も確かにオトコの行くところだった。現在は違うのか、教えて欲しい。 |
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