|
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
|
【求扩散:ペン字教室お知らせ】 自分の名前だけでも上手になってほしいので、私が漢字を書くときの注意を説明し、練習してもらう。 日時:10月9日(金)10時からまたは13時半から1時間半 場所:ロイヤルクイーンにて 参加費:150元のところジャピオン見た!で120元(中国茶三種とケーキ付き) 申込み:zhangchengling_55★aliyun.com (★を@に)へ氏名と希望時間を記入のこと ペン字練習後、「潤歆堂」店主の張成玲さんが日本語で中国茶三種(祁門紅茶、白茶、武夷肉桂茶)について説明し、飲み比べ。 以上、请踊跃报名! PR |
|
ビザを更新するため、公安へ行った。70人待ちよ。明日から1週間休みだからね。こんなに並んだのは久しぶりだ。申請が終わったら、ここらへんで食事して、カフェも行ってと思っていたが、1時間半も待つことになり、予定変更。 申請が終わって、どんどん南へ。
|
|
ダンナはこの夏に日本へ行く前「炊飯器を買う」と言っていた。なんで?と聞くと、「赶时髦」(流行に乗って)と「らしく」ないことをのたまった。私が北京の自宅で使っている炊飯器は北京で買った松下の。新しいのは要らない。ダンナはアトリエ用にと買った。 アトリエにある炊飯器は安物だ。シルバニアファミリーのほうがいいのを使ってそうなくらい。実際その新しい炊飯器を数回じいさんが使ってみたのだが、曰く「とにかく時間がかかりすぎる。60分だぞ。どれだけ電気を使っているんだ?」。私の松下も60分と出るが、なぜか途中時間が跳び、実質45分。実家の炊飯器だってそうだ。そういうもんだと思っている。だけど、中国人老夫婦は電気代がもったいないという理由で、またシルバニアファミリーのほうを使っているらしい。まあ元々、白米を炊くことは少なく、鍋でお粥、マントウ、麺のほうがずっと多いのだが。 アトリエで息子が改めて「パパ、なんで買ったの?」と聞いたら、ダンナは「我买的不是电饭煲,是日本人的精神(俺が買ったのは炊飯器じゃない。日本人の精神だ)」とほざいた。え?何?それ名言のつもり?絶対認めないからね。聞かなかったことにするからね。 うちの娘が9月に高三になった。ダンナが「結婚するときは女のほうはいくら男の方に払うんだ?日本の場合」と聞いた。今高校生だから、次は大学でしょ。そして就職。結婚はそのあとだ。そもそも結婚しないかもしれない。私は今、娘の大学受験のことしか考えていない。それなのに、高三になっただけで結婚?あ、でも普通いくらかかる?私は日本の常識を知らないので、参考までに誰か教えて欲しい。私自身結婚したとき、ばあさんに1万元もらったよ。1995年の1万元といったら、天文学的数字だ(誇張もほどほどに)。 昨日中秋節だったでしょう。弟夫婦が広州から来ていて、アトリエに行かないわけにいかない。土曜日の夜、涮羊肉を食べに行くことになった。弟は肉大好き、余る程注文する。最後、鍋の中に残っているものをばあさんが真面目にすくい始めた。ダンナが「もう食べないから触らなくていい」と言ったら、ばあさん「犬にあげる」と。ダンナが「塩分が多いからダメだ」と。頼んだ昆布がものすごくしょっぱかった。それでも無視して、手が止まらないばあさん。実は私、まだ食べられた。最後は麺としいたけがちょっと残ったんだけど、犬にあげられちゃーたまんないから(長ネギとか入っているし)、ワタクシ必死こいて召し上がりましたわ。 日曜日の朝、8時頃起き、朝食の用意をしていると、ばあさんがやってきて、「おとうさんも王新(ダンナの弟)もいないよ。6時にここを出て、市場へ行った」と言う。夜バーベキューをやる食材を買いに行ったと。で、夜、すごいことになったよ。 ダンナは張り切って焼く係りに徹し「我烤的不是肉,是气氛(俺が焼いているのは肉じゃない。<中秋節という>雰囲気だ)」。もういいよ。戯言は。 弟自慢のタレというのがいただけない。これ洗面器だからね。中味は香菜、酢、塩、砂糖、ごま油。今回は99.999%が香菜で、タレにならない代物。焼くものでは、私が絶対口に入れない蚕等があった。串刺しにしているのにまだ動いてる。オカルト映画かっ! 弟が「国慶節も来るよね?」と。私ら母子家庭にアトリエに来いという意味だ。できれば行きたくない。私はこの市内の自宅が大大大大大大好きだーーーー! おまけ:何気に以前のクイズ「王強が結婚」の答えを本文に書いているからね。よく読んでよ。 |
|
行ったのは今年3月。目的は昔ダンナが内装した食堂があったあたりがどうなっているか見たかったから。
西单に用があって、終わって、交差点から南へ向かう。21世紀はデカいビルディングばかりじゃが、ここらへんは高層もなく、ごちゃごちゃした商店街だった。 語学留学していた90年代初頭、↑この左に『ダイヤモンド』というリーズナブルな洋食レストランがあった。 西绒线胡同を東へ。西绒线胡同……坐落在北京天安门和紫禁城之西,拥有以清康熙皇帝第二十四子诚恪亲王之后裔溥霱的府邸为代表的一系列传统建筑,现为中国会、北京香港马会等顶级会所驻址。 なんじゃこれ?と思い、見てみると、「北京中国会」と書いてある。 横に霱(yù)公府と書いてある(↓クリックして拡大可)。 霱公府在西绒线胡同51号。霱公即溥霱贝子绵勋之曾孙。公府是贝子绵勋于同治八年(1869)自安定门内宽街迁出后的新府。 ここは私が留学していた頃「四川饭店」だった所だ(1959年開業)。食べに来た日本人も少なくない。当時、レストランってあんまりなかったもんね。日本人旅行者もここで食べてたよ。 揭秘京城四大顶级私人会所 有钱也进不去 ←2013年の記事だが、入会費として「常驻会员入会费为15000美元,每月会费100美元,海外会籍入会费为7000美元,本地会籍为5000美元」と書いてある。まあ、私には関係のない話だ。日本語で検索すると、泊まった日本人もいるし、泊まれなかったがバーだけ利用したなんて日本人もいる。 敷地の中を見たかったら、中国語の掲示板へ→现中国会所 そこから東へ。正面の金属的な山が何かわかるのに、5秒かかった。「国家大剧院」だ。 この左側に1992年頃、今では私の配偶者であるあの男が内装を頼まれた食堂があった。あの頃私は20代の一留学生。カフェならまだしも、食堂へオンナが一人で行って食べるなんて、いったい何を頼むの?打包(持ち帰り)の習慣もないし、当時前を通っただけで、写真も撮らなかった。 地名は六部口。久しぶりに来たけど、この付近は変わっていない。もっと南下すると、ずいぶん様変わりしている。 六部口のあたりを紹介した中国人のブログ。 我爱北京——熟悉的大六部口 左に曲がると、非常に狭い胡同。名前がわからない。 道なりに進むと「北京音乐厅」。 南にバス停があるので、帰途へ。 バス停の向かいにレモン専門店があった。珍しいので、覗きに行こうかと思ったら、バスが来たので、乗ってしまった。 もう半年たっているから、店はないかもしれない。 この日のルート。地図はクリックして拡大可。 A.北京中国会 B.储云洞 C.名のない胡同 D.北京音乐厅 おまけ:今ダンナにこの店について聞いた。「储云洞だ。店の名前は俺がつけたんだ。储秀宫を知っているか?故宮で美女を入れておくところだ」。いつ店がなくなったのか、ダンナも知らない。 |
|
昨天蓝胖子中国真人版全新作品《拜托啦小叮当》在淘宝网首播。这是中国史上第一部真人版大电影,并首次启用真猫拍摄,里面用真猫代替蓝胖子,并且还出现了奥特曼的身影,引起国内外众多网友纷纷吐槽。
これ娘が教えてくれた動画。ドラえもんのギャグ版。中国では不評で、日本人が「センスありすぎワロタ」等と賞賛したといって、再び中国でも話題に。見てよ。私も絶賛。
ニュースは「中国拍真猫版《哆啦A梦》 日本网友几乎零差评!」へ。
動画は「 2015九月国产真人版哆啦A梦发布」へ。 |
|
先週土曜日に着物を着る必要があり、金曜日にばあさんをここへ呼んだ。前回のイベントでばあさんに着付けを手伝ってもらったからだ。「麺を打って持って行くよ」と宣言されちまったし、冷蔵庫に十分な野菜があったので、私は友人とゴッホ展を見て、ゆっくりしていた。地下のイオンでフライドチキンだけ買った。だって肉を用意しないに決まっている。平素「私はもう年いってるから、肉は要らないの」とのたまうが、子どもはそれじゃあ可哀想だ。 6時過ぎに帰宅したら、息子も帰っていた。ばあさんが「食べられるよ」と言い、すぐに食事開始。麺とスープ。スープの具は庭から採れたかぼちゃと黄色のプチトマト。塩がやたら少ない。ばあさんは麺を打つときも塩を入れないので、あまりにも、あまりにも薄かった。息子が「おばあちゃん、薄いよ」と言うと、「塩が多いのは体に良くない」と口答えする。私のこめかみが多少動き、「油は多いですよね」と言いかけて、それを静かに呑み込んだ。 この日、茹でた麺の量が非常に少なかった。というか、いつも少ない。足りない。ばあさんは孫に孫にと食べさせて、「私は昼も麺だったからそんなに要らない」と言い、量を食べない。おいおい、同じメニューだと量少なくていいのか。気の毒なことに私の分の麺も少ない。娘が8時頃帰宅するとわかっていたのだが、そのとき又食べるつもりだった。 でも、2時間もたったら、食べる気がしない。はっきり言っておいしくないし、食欲はますます失せる。それで果物を食べた。夜食べる量が少ないと、体重は著しく減る。メリットのみを考え、我慢した。 翌日、まだ寒くないので浴衣を着ることにした。着物のときは作り帯だから、どうにか乗せて巻けばよいが、浴衣の帯はただの細長い布だ。巻き方の動画をばあさんと見て、簡単そうな蝶結びにした。ばあさん器用だから、経験もないのに、うまく着せてくれた。 タクシーで娘、ばあさんとSK大厦へ。テーマは「かなで書こう 季節の俳句」。参加者は自作でも他作でも俳句を用意することになっていた。創作してくる中国人すごいよ。私が筆でお手本を書くんだけど、「これ自分で作ったの?」って聞いちゃったもん。 つゆあけの きらめくほしは ゆめとなり はつさくら こころにひびく こいがさく ちゃんと季語も入っている。「『つゆあけの』と『つゆあけご』はどっちがいいですか?」って聞かれて、なんとなく「『つゆあけの』がいい」と答えた。 今回のイベントではひらがなの成立と書き方の注意を学ぶので、俳句をすべてひらがなで書いてもらった。 毎回「書道をやったことがあるか」を聞いているが、今回は一人しか手が挙がらなかった。つまりほぼ筆で字を書いたことがない。それでも器用に書いていた。最後に折り紙でいろいろ飾って、作品として持ち帰る。参加した男子が微博で「非常感谢老师的讲解 今天学到好多东西书法的技巧还有怎么写漂亮的假名很喜欢老师的书法 相信以后我的书写也会变好看」と書いてくれた。講師をやって良かったなと思う瞬間である。 娘とばあさんは一番後ろに座っていた。ホワイトボードを消すとき娘に、帯が崩れたらばあさんに直してもらおうと思って。意外だったのは娘が自作の俳句を作っていたことだ。ばあさんは小学校しか出ていないが、勉強は大好き。日本語もわからないのに、参加者と一緒になってひらがなを練習していた。 上手いよね。教え方がいいんだな。
というわけで、ペン字に興味あったら、講座へどうぞ(って宣伝かい)。 内容:名前と住所の練習 日時:9月29日(火)11時から1時間 場所:番屋(光明飯店3階)TEL:64664191 受講料:100元(食事した方90元) 申込み:28日までにmidoriiro★sina.com(★を@に)へ |
|
私が今日見た微博から。 ①【温州贩卖婴儿团伙:医生假称婴儿已死然后卖掉】“明明是活婴,他们却告诉家属婴儿已经死亡或有严重缺陷,然后把活婴拿去卖掉。”据知情人士透露,温州某贩卖婴儿团伙以死婴为借口,通过“中介”购买婴儿,然后高价转卖。目前,警方先后解救了16名婴儿,有6个被送往苍南福利院。 子どもの誘拐で、温州では医者が「赤ちゃん亡くなりました」ってことにして、売っていた。最近16人の赤ちゃんが保護された。
あとはすべて個人。 ②依据我以往的经验判断,从办公室北望能见度只有一公里左右的时候,PM2.5数值肯定应该是300以上,400、500甚至爆表都不罕见。但是在首都大力治理空气质量和美领馆数据被屏蔽之后,效果惊人,官方PM2.5数值几乎再没有超过300 コメントにある「月饼蓝呢」に苦笑。
③中国第一村“南街村”神话破灭。村民每天高唱革命歌曲,呼喊毛时代的口号语录,村口有马克思、恩格斯、列宁和毛泽东巨型雕像。但各路大神没能保护南街村村民,如今负债累累,需要几代人去偿还。人为扭曲经济规律,不尊重市场经济,失败是必然的结局。 この村について、日本語で読みたい人はここへ→じょう、げ。
|
|
朝阳门南大街と干面胡同の交差点に「2014中国十大丑陋建筑」之一の净雅大酒店がある。自分で撮った写真ではそのへんちくりん感が出てなかったので、ネットで拾ってきた画像をここに↓。
交差点を東へ進むと、禄米仓胡同に入る。 結構歩いて、左手に智化寺が見える。 姐さんが行ったことないというので、一緒に入った。入場料は20元。なぜか北京市の地図(販売価格10元)をくれる。智化寺始建于明英宗正统九年(1444),原为宦官王振的家庙。坐北朝南,排列布局具有明代特点,在建筑风格上,虽经多次壁画局部 翻修,仍保存着宋代向明清过渡的明显特征,也是北京城内现存最大的明代建筑之一。智化寺について日本語で知りたかったら→北京市東城区のサイト(チトお粗末な日本語だが)へ。 智化寺は明の英宗皇帝に仕えた王振(宦官)が1444年に建てた家庙(祖廟)。王振は 日本語のwikiにも載っているような著名人物。1446年、智化寺に仏教音楽が伝えられ、現在に至る。今は26代目の5人が毎日二回演奏をしている(らしい)。私が行った日は外で営業(?)があって、いなかったけど。 天井が古いままでいい感じなのだが、インフォメーションセンターが痛い。案内してくれる人がいるわけでもないし。 このお寺はヒトが少なくていい。 私が非常に好きな「转轮藏」。マニ車のようにこれ、中が回る。欲しい。 ホームページが非常に近代的なくせに、演奏の時間は記されてない。そういうところがダメだ。 外に出る。このあたりは平屋が多いが、ちょっと北に银河SOHOが見えて興ざめ(というのは勝手な意見だがな)。 お寺を出て東に進むと突き当たり、そこから南へ。大通りに出て、東に行きたかったが、西に古くデカそうなお屋敷が見えて、吸われるように二人でそっち方面へ。住所は北总布胡同2号。 北总布胡同内2号原是用建协和医院的余料盖的,是美国煤油大王洛克菲勒基金会董事长为其父母盖的。抗日战争时一日本官僚居住。日本投降后,此宅被收归国有(洛克菲勒はロックフェラー)。 向かいに周杰伦みたいな看板の食堂あり。顔が写実的だった。 ![]() この写真と下の地図だけクリックして拡大可。 戻ってどんどん東へ。二环路を越えようと、歩道橋を渡ると、中国银行がドカーンと鎮座。私が留学していた90年代初め、中国銀行は支店があまりなくて、ここまで来たこともあったなあ。当時は外国人と中国人で使う貨幣が違い、額面が同じでも外国人用は高く売れるからと、買いたがる悪者がいて、こういう銀行の入口で外国人を見かけると「チェンジマネー」って声かけてたなあ。私も声かけられた。 このあと、もうひとりと待ち合わせで、光华路へ。午前だけでずいぶん歩いた。 A. 地铁灯市口C口 B.史家胡同小学 C. 北京红墙花园酒店 D.史家胡同博物馆 E. 细活里 F. 北京红都实佳宾馆 G.净雅大酒店 H.智化寺 I. 北总布胡同2号 J.中国银行 |
|
忍者ブログ [PR] |



