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中国の病院って完全看護じゃない。本人が歩けないような状態だったら、24時間付き添いが必要。両親は高齢だし、私は子どもを見なきゃいけないしってことで、ダンナには画家村から日替わりで「若いの」が派遣された。
全身麻酔で手術して、その後すぐは食事できないでしょう?翌朝、ばあさんから電話がかかってきた。
ばあさん:果物とおかゆは摂ったほうがいいから、アンタ作って持って行きなさい 私:いや、昨日手術したばかりですから ばあさん:でもお粥は大丈夫だよ。果物はそのまま食べられないけど、つぶしてお湯で薄めて。特にスイカがいいらしい 私:いや、点滴してますし ばあさん:何にも食べないのは体によくないからね。そうそうハチミツを買って病院に持って行って、薄めて飲ませなさい 私:わかりました。持っていきますけど、先生にちゃんと聞いてからにしますね
電話切って「絶対食べられないっつの!」と心は言い、手には握りこぶし。ダンナの弟と妹、計3人全員広州にいるのだが、電話がかかってくる。ばあさんにも電話して、「いろいろ調べたけど、スイカがいいらしい」と言ったと。
病院へ行く時はちみつだけ持って行った。だって、後でばあさんが来たとき「何で持って来なかったの?」って責められるのがイヤだから。病室に入ってダンナに言った。「今何も食べらないよね?おかあさんがスイカとはちみつを持って行きなさいって言ったけど」。横から「若いの」が「今は何も食べられませんよ」。そりゃーそうだ。
ばあさんの言うことを聞いてしまうと、体は悪化するに違いない。 PR |
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私が中華料理を上手に作れない決定的な理由は、調味料不足。油、塩、醤油。思い切ってたくさん入れることができない。中国人、使いすぎだろ!
白菜の代表的料理「醋溜白菜」を作ってみた。今回お店みたいな味にできたなと思ったけど、それは味が濃いめだったから。体には悪い。
醋溜白菜 ←動画2分51秒と短いので、中国語の学習も兼ねて見るとよい 初めの10秒で唐辛子と長ネギを炒める。次の10秒で白菜を炒める(たったの10秒よ!)。最後の10秒は調味料(酢、醤油、砂糖、味の素、片栗粉)を入れて炒める。火をつけてから30秒で出来上がり。
何よりも注目すべきは白菜の切り方。スギちゃんが小物に見えるほどワイルドなところ。 |
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ダンナの手術日。午後からとはわかっていたが、何時からかわからない。当日午前中ダンナに電話で聞いても、「午後」としか答えない。私が2時に着いたとき、画家仲間5.6人、ばあさんがすでにいた。 3時頃、ストレッチャーでお迎えがやってきた。横たわるダンナ、何だか可哀相。一般用と病院関係者用のエレベーターが別のところにあるので、一緒に乗れず、ダンナは5階へ。 日本でも中国でもドラマで手術室といえば、ドアの上に「手術中」という文字があり、ランプがつくと手術中、消えて「あ、終わった」と外にいる人がわかるしくみ。廊下には長椅子があって、家族が不安そうに待っている。そういうイメージがあった。 だがここは中国。手術室はいくつもあって、廊下はほぼ真っ暗。そのすぐ外は立ち入り禁止。同じ階に北京駅の待合室みたいな広い部屋があり、そこで家族、友人は待機する。テレビがあって、電気も明るいが、ゴミゴミしていて、そこに長時間いる気になれない。 手術は2時間以上かかる。「若いのが待合室にいますから、おかあさんとおねえさんは病室にいてください」。そしてばあさんと二人で病室へ。ばあさんと二人って言ったって、ダンナが手術中に何しゃべんの?やがてばあさんが「これ待ってたら、子ども達帰って来ちゃうよ。アンタもう帰りなさい」。ダンナが手術だというのに、とっとと帰る私。 |
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娘は料理のレパートリーが少ない上、手際が悪い。6月下旬に入試が終わり、ずっと家にいて、昨日卒業式で最後の中学登校。今日から夏休みに入ったことだし、いろいろ教えなきゃ。
数日前、お好み焼きを作るとき、私が横で指示して、ほとんどやらせた。卵を上手に割れない。2個に1個は殻が中に入る。それから、お好み焼きを上手にひっくり返せない。 1枚目:1/3がフライパンの外へ。 2枚目:またまた1/3がフライパンの外へ。 3枚目:1/2が火の上へ。
地獄を見たよ。できないにも限度が。
昨日、どんぶりで半分ひき肉、半分卵のヤツ、なんていうの?あれを作らせた。娘は台所にいて、私はリビングにいて叫ぶ。 私:味が濃いか薄いか見て 娘:(無言) 私:ねえねえ。見てよ。味! 娘:火傷したからわからない
おいおいおいおいおい。
娘の高校、決まったよ。 |
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新編・東方中国語講座第4巻『翻訳篇』(東方書店)。2400円もする。10年以上前に本帰国した人にもらった(たぶん)。今回の大掃除で初めて開いてみた。読むのは至ってメンドくさい。内容がまじめすぎるから。明らかに私のキャラ向きでない。前回翻訳の記事を書いたとき「そのプリントください!」ってメールくれた妹妹にあげるわ(要らないならご一報を)。
ネタとしてはここらへんを挙げておこう。青字が本文ほぼそのまま。
<語順>
我就去(すぐ行く) 就我去(僕だけが行く) 語順を逆にしただけで、意味がまったく違ってきている。
私:たとえばさあ、5人いて、「私が行きます!」って言うとき、「我就去」でも「就我去」でもいいよね? 娘:「我就去」は「我马上去」っていう意味だから、「就我去」って言うんだよ。
ええ?この場合の「就」が「马上」という意味なのは理解できるが、文法的説明を感覚でちゃんと理解している娘に感動。だいたいあの大連語の動画をすべて理解したってとこで、ひたすら尊敬の眼差し。
这个是好(これはたしかによい) 是这个好(たしかにこれはよい) 位置を入れ替えただけで、文の意味がかなり違ってきている。
強調する部分が違うだけでしょう?「かなり違って」って、そんなに違わないと思うけど。
娘:「这个是好」は「好」を強調してて、「是这个好」は「这个」を強調してる。
<日中漢字の違い>
保持(ほじ)と保持(bǎo chí) ・国旗を保持して先頭を行く。/举着国旗走在退伍前面。 ・保持革命传统。/革命の伝統を保持する。 日本語の「保持」は抽象的にも具象的にも使えるが、中国語の“保持”は抽象的な事柄にしか使わない。
把握(はあく)と把握(bǎ wò) ・战士们紧紧把握着钢枪。/戦士たちはしっかりと銃を持っている。 ・把握事情的本质/事の本質を把握する。
日本語の「把握」は抽象的にも具象的にも使えるが、中国語の“把握”は抽象的にしか使わない。ちなみに、中国語の“把握”は物事に対する自信という意味もある。
最後の一文、わかりにくいでしょう?これこそ例を挙げなきゃ。中国語の把握(bǎ wò)は「自信」というより、「確信」っていう日本語のほうが的確だとアタシは思う。以下、把握の例をネットから拾ってきた。
① 这官司有把握吗<この裁判、勝てるか?> 咨询:五年前丈夫背着妻子把房子卖了,后来妻子知道了就一直怪丈夫还闹离婚,最近妻子听别人说卖房子必须夫妻双方同意,否则没有参与的一方有权把房子要回来。请问能要回来吗?
咨询:五年前丈夫背着妻子把房子买了,后来みどり知道了……←おいおい、ここで人生相談すんなよ。
② (笑い話) 女子焦虑的问医生:“这种病手术后的存活率有多少?” 医生答道:“百分之五十!” 女子紧张的追问:“那你有把握吗?” 医生信心十足的说:“没问题,这次一定成功!因为前面已经死去四十九个了!”
「意味がわかりません。女神のようなみどり様、訳してください」とかコメントがあったら、訳してやってもいい。 |
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私はダンナにほぼ電話しないけど、ダンナからは2.3日に一回は電話がかかってくる。もう何年も何年も。それは別居しているから、わてら母子家庭の安否確認。 5月のある日。電話口で改まって「你看好孩子」(子どもをちゃんと見ろ)。いや私、毎日ちゃんと面倒見てますがな。あまりにも強調するので、遺言かと思った(おいおい)。
それからちょっとして、「入院、手術することになる」と告げられる。具体的な病状を聞かされても、冷静な私。だって命に別状ないし。
ダンナったら私に内緒で5月下旬から入院していた。たびたび外泊(というかアトリエへ帰宅)していたので、両親にもバレなかった。検査をするのは昼間なので夜は病棟にいなくていい。病院、退屈だし。入院し続けたのはベッドを確保するという理由から。
入院したとちゃんと教えられたときも「病院には来るな。とにかくおまえが倒れたら困る。子どもだけを見てればいい」とはっきり言われた。私が初めて病院に行ったのは6月で、ばあさんと一緒。
やや広い二人部屋の奥のベッドに横たわるダンナ。画家村の友人達が6人くらい来ていた。私とばあさんが入るや否や、6人はさささっと立ち上がって、2つしかない椅子が私らに譲られる。6人の中で年長者が若い人に「ほら、リンゴ剥いて」と言い、リンゴが2つ剥かれ、それぞれ私とばあさんの手の中へ。なんか私、やくざの親分の嫁のような気分だった。
私は5月末から展覧会の場所移動、引越し、いろいろやることがあった。いつ行っても、友達にもばあさんにも言われた「子ども達が帰ってくるんだから、早く帰ってご飯を作りなさい」に甘えた。
ばあさんが「何食べたらいいか、何食べたらいけないか。おとうさんがインターネットで調べているけど、あんたも調べなさいよ」。帰宅して日本語で検索するも、涙で文字が見えない。悲しくて冷静になれない。
先週退院したのだが、病気のことは誰にも言わなかった。それは私が悲しくなるから、これに関して私に何も言わないで欲しかったから。入院に伴うばあさんネタを披露する義務が私にはあるし(あるのか?)、退院して気持ちに少し余裕が出てきたから、公開することにしたが、こうやって字を打っていると、やはり胸は痛む。二回の手術は成功したし、ダンナも落ち着いているけど、体の機能が弱くなったのは確か。あ、でも、ばあさんネタね(結局そっちかい)。 |
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ネットのニュースで見た。国宝級の三作品が故宮の武英殿(書画館)で7月16日まで展示されている。
《中秋帖》,传为晋王献之书(又传宋朝画家米芾所临摹)纸本,手卷,纵27cm,横11.9cm。《中秋帖》是著名的古代书法作品,曾被清高宗弘历(乾隆皇帝)誉为“三希”之一,意即希世珍宝。行书3行,共22字,释文:中秋不复不得相, 还为即甚省如,何然胜人何庆,等大军,无署款。
帖用竹料纸书写,这种纸东晋时尚制造不出,约到北宋时方出现。从行笔中可知,所用毛笔是柔软的无心笔,而晋朝使用的是有心硬笔,吸水性较差,笔的提、按、转折往往不能灵活自如……。
以上、百度百科より。http://baike.baidu.com/view/48489.htm
『中秋帖』は王羲之の息子、王献之(344-386年)が書いた。でも実は米芾(1051-1107年)が書いたというのが定説になっている。 『中秋帖』は竹を材料とした紙に書かれていが、東晋時代(316-420年)にこの種の紙はなく、北宋(960—1127年)のときにできた紙である。そして、運筆から見て、芯のない柔らかい筆を使っているのがわかるが、晋代の筆は芯がある硬い筆で、墨の吸収が悪く、はね、とめ、転折が自由にならない。
和訳をネットで探したら、「西分堂日記」とういブログにあった。ご本人に許可済みなので、以下コピー。
中秋不復不得相還。為即甚省如何。然勝人何慶等大軍。 中秋に復命できず、相(大臣)が帰還できない。そのため、そちらの状況がたいへん気になるのだが、いかがであろうか。戦いに勝った人がどうして大軍と等しいと喜ぶことが出来ようか。 会場入ると、一つ目がこの目玉の絵画作品。王希孟の現存する唯一の絵画作品。当時「天才少年」と呼ばれ、16歳頃宮中の文書庫に入り、徽宗皇帝から親しく指導を受け、1113年(18歳のとき)半年足らずで『千里江山図卷』を完成させた。 横約12メートル。一部でなく、全部を開いて展示するのは初めて。
③ 李白草书上阳台帖 李白の現存する唯一の書作品。
以上。秋に展示替え。 |
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