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国家博物館「威尼斯与威尼斯画派展」へ行く前の予習。ヴェネツィア派について、日本大百科全書よりコピー(青字部分)。 イタリアの都市ベネチアを中心に栄えた美術の流派。とくに15世紀後半から16世紀、および18世紀に著しい展開をみせた絵画に限定して用いられることが多い。描線に対する関心の強い知性的なフィレンツェ派に比べ、ベネチア派は色彩に重点を置き、感覚的、官能的な美を追求した。 以上でコピー終わり。会場に中国語の説明はあるが、画家の名前を漢字で書かれても、日本人の私にはわかりにくい。私は中学の頃から東京の美術展には結構行っていたが、それでも知っている名前は少ない。 会場に貼ってある説明、普通、中国語と英語でしょ。ここ中国語とイタリア語なの。おかしいよ。イタリア人の意地?丁托列托は音からティントレットとわかる。でも、提香はわからなかった。それでイタリア語を見る。人名は大文字で始まるから、探してTiziano。英語と同じか??てぃーじーあーの。あ、ティツィアーノだとわかる始末。どこをどうすると、中国語の「提香」になるんだろう。別の作品で「提兹亚诺•阿斯贝蒂」という人名を見る。「提兹亚诺」はどう読んでも「ティツィアーノ」。提香より無名のティツィアーノなんだな。混乱するわ。 ほかにもともと知っている人名は乔尔乔内(ジョルジョーネ)、贝利尼(ベッリーニ)くらい。どのくらいのレベルのを展示しているのか知らないが、15世紀の油絵が見られるなんて貴重な機会だ。日本語でこれらの画家名を調べても、いろいろ出てくるから、予習して行くがよろし。 PR |
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♪我爱北京天安门天安门上太阳升♪って絶対心で歌っちゃうよなあ。
国家博物館で行ってきた。建物に入るときに、身分証は向かって左から、パスポート、戸籍簿等は右から入るのだが、その右は内装中で全員左から入る(いつまで工事しているかは不明)。 3階で罗马尼亚珍宝展(ルーマニア珍宝展)をやっている。きんきらきんで、とても古い貴重なものの展示なのだが、なんとなく行かなかった。写真見たい人はここへ→展览介绍 30元。5月8日まで。 タダでも見られるところがたくさんあって、ここは仏像と青銅器の部屋。 この日の目的、4階の威尼斯与威尼斯画派へ。中は撮影禁止。写真見たい人はここへ→展览介绍。30元。小さいほうのひと部屋だから、中国の展覧会としては規模は小さい方。 1階まで降りてきて、正面のデカい部屋は展示替えしてた。 学生がたくさん。 天安门东で地下鉄に乗り、西单で乗り換えて、陶然亭で降りる。 先週ネットで見た、北京最值得去的12家儿清真馆子!の中に「南来顺」という店が入っていたので、行ってみた。一人なのでジャージャー麺のみ。16元。麺ときゅうりが同じくらいの量だった(=きゅうりがすこぶる多い)。ここの麺も美味しかった。 適当にバスに乗って南に下り、降りたところに王府井购物中心というデパートができていた。今知ったんだけど、ここ去年ヨーカ堂が撤退した場所。ニュースに「七年未盈利华堂再关店 右安门店4月1日停业」(7年儲けなし)って。二環路の内側なのに、北京でも南は発展が一番遅いからなあ。 二環路の外に出て、東に進む。元ヨーカ堂から10分くらい歩いたら、あった! うちにいわゆる「かっぷあんどそーさー」がない。結婚した頃日本から持ってきた5客があったが、かっぷが一個残るのみで全部割った。うちはお皿もお茶碗もあんまり揃ってないから、お客さん来ても全員違うのを出しているけど、でも買いたい!この話をしたら、北京南駅の近くに食器市場があると教えてもらった。それがここ。初めて行ったよ。酒总易快得体验店。 小売もするんだけど、レストランの人が買いに来る感じ。食器だけじゃなくて、服務員の制服から、お菓子作りの型から、大掛かりな厨房設備もあった。展示が4階のみで、さまざまなものが少しずつ飾ってあって、その種類は少ない。カタログはあるんだろうけど、個人が選んで買いたいのには不向きかな。値段も聞かない限りわからない。 そこからバス通りに出ると、懐かしい建物が。 今は広州にいる義弟が以前この近くに住んでいて、この建物で靴を売っていた。今は靴市場じゃなくて、デパートになっているが、ぱっとしないなあ。 地下鉄14号線で帰るのが一番速いと思ったから、バスに乗ってふた駅の北京南站へ。 列車の駅だから、入口が並んで並んで大変。私、地下鉄で良かったーーーと思ったが、ナント地下鉄はこの中。ええええええ?こんな大荷物の人たちと一緒に並ぶの~???絶対スリがいると思って、いつもの100万倍気をつけたよ。 ボディチェックがすごく念入り。だから進むのが遅い。 すぐ横には銃をお持ちになった方が立っていらっしゃった。 中に入ったらすぐにファミリーマート。急増してるな。 地下に降りる。 地下鉄に乗るときも荷物チェック、ボディチェック。そんなに触りたいか、アタシを。 北京南駅から大望路まで25分くらいかな。便利になったものだ。 この日も結構歩いたな。また歩こう。行ったことのない道を。
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前の長春シリーズの記事から続く。元交通部の向かいが吉林省文化厅。これは20世紀初めのほうの建物ではないと思うけど、まわりに合った建築になっている。
さらに南に進むと、ロータリーにぶつかって、南東角に「伪满洲国综合法衙旧址」。今は461医院で、入ってみたよ。 中国の公立病院って、やたらヒトが多くて、ゴミゴミしているが、ここはなぜかヒトが少なかった。完全予約制か何か? トイレで盗撮。ドアの内側に宣伝が貼ってある。どこにでもある「アナタの余っている薬、高値で買取ります」。あと、「保険カードを現金に取り換えます」って。日本でいうと、国民健康保険証を他人が悪用するために売ってくださいって感じ。 この後、徒歩20分くらいで、「长春电影旧址博物馆」へ。その内容は過去記事へ。博物館まで行くのに、裏道を歩く。別に北京と変わりはない。 博物館の見学が終わり、お腹は減ってるんだけど、どこで食べていいかわからない。食堂もあまりないので、次の場所へ移動。長春で初めてタクシーに乗る。地図を広げても道路の名前がわからない。「那个,,,长春站一直往南的那条路叫什么?」運ちゃん「人民大街」。私「对,解放大路和人民大街的交汇」と行き先を告げる。 途中で別の客が乗る。地方ではよくあるらしいが、北京では相乗りってまずないので、大丈夫かな?と思いながら、無事到着。13分乗って9元。安い。
交差点より南へ行くとすぐに「伪满卫生部(民生部)旧址」がある。今は吉林省石油化工设计院。 地図で予習したとき、北側に「伪满大陆科学院旧址」があるのだが、近代的なビルしかなかった。また、道路を渡って、東側に「长春东北抗日联军纪念馆」があるはずが、見つけられなかった。 あと、ここに吉林省博物馆があるのだが、特別展でない限り、ひどいらしい。 午後1時を過ぎていて、まずはご飯を食べようと思い、バスに乗り、長春駅で降りる。前日駅までのバスで「ブックアンドカフェ」みたいな洋風な店を通ったので、心当たりを歩くが、ない!で、適当に入る。 一人だからジャージャー麺。コシがあって、ものすごーーーく美味しかった。北京で日本人もわざわざ行く海碗居という店があるが、絶対長春のこの店のほうが美味い。 泊まったホテルに荷物を取りに行って、時間的には非常に早いけど、空港に向かうため、タクシーを拾う。命からがら空港に着いた話は過去記事へ。 空港でコーヒーでも飲んでようかと思ったら、38元から。清水の舞台から飛び降りることをせず。それで、20分10元のマッサージ機に座ったわ。 無事北京到着。家に着いたのは10時半。機内食はパンにソーセージという朝食でもそれはないだろ!という内容で、お腹減ってたけど、疲れて就寝。 一人で旅行なんて20年ぶり?とても有意義だった。次の一人旅行は、、、まだまだ先だろうな。 長春関連は終わりだけど、いつか地図をつける。 |
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毎日「中国語勉強しなきゃ」と焦る私。ずっと忙しかったから、座って動画を見る余裕がなかった。今日はゆっくりするぞーーー。今朝これを見た。
ダンナが同級生だという割に、若いなと思う人がいた。「あいつは应届だから」とダンナは言う。ダンナなんて何浪もして、大学に受かったが、彼はストレートで美大の最高学府に入っている。 そして、話は戻るけど、ダンナが続けて「でもあいつは北京戸籍だから」と言った。中国は人口多すぎて、都会にヒト集まっちゃうの、イヤだから。同じ大学受験(センターみたいに共通の)を受けても、北京の大学の場合、北京戸籍はゲタ履かせてくれて、有利。この動画では上海の大学に入るには上海戸籍が有利とも言っている。ダンナの「でもあいつは北京戸籍だから」=「成績は俺のほうが良かった」。ダンナは黒竜江省の戸籍だったが、大学を出て、国で仕事を分配され、北京戸籍を取得した。うちの息子、北京戸籍で良かったーと本気で思う。
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昨秋に通りがかった時は、団体しか参観を受け付けないと書いてあった「中国华侨历史博物馆」が一般公開されるようになったので、行ってきた。
地下鉄雍和宫B口で降りる。バス通りから南に下ると、藏经馆胡同があって、そこは安い食堂街みたいになっている。呼び込みまでしてたよ。でも、私はそこを通り抜けて、七寻八找胡同菜に行った。席待つ人で並んでいて、人気の店だ。詳しくは書かないけど、老板みたいな人は一人で食べる客を歓迎しないような態度で、不快になり、食べないことにした。 でも食べてる人の料理を見たら、いつかまた来るかとも思った。 食堂街に戻り、適当に宝钞26饭堂(大众点评)に入った。 店の名前が26だから、なんでも26元なのかと思ったら、違った。写真に魚があって、それにした。 香剪秋刀鱼饭13元。一番安いのはハム卵丼12元。カツやカレー、麺もある。 そこから南、西と向かって、胡同をウロウロして、中国华侨历史博物馆到着。 身分証を見せて、タダで入場。1階と地下1階で結構広い。 地獄! 1906年のサンフランシスコ地震で戸籍(書類)がなくなり、アメリカで生まれたと言えば米国籍とするとした。それで、中国人が初めてアメリカに来る親戚をも米国籍にしようと、口供纸(教本?)と纸面儿子(書類では米国籍の子)が生まれた。 人民出国许可证。 华侨归国护照。 结婚证(1955年)。 見応えあった。 ここを出て、北新桥の地下鉄の駅のところまで歩く。簋街[Guǐ jiē]経由で歩いたが、両脇全部レストラン。
数日前、ドイツの大統領が簋街に来て食べたと話題になった。その店は大使館員のお勧めなんだろうか。料理も写真付きでニュースになっているが、そのうちの一つ。これはホラーマン?そもそも美味しそうに見えないんだけど 私が行ったカフェ「BEETLE IN A BOX」(大众点评)。
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前日10時前に眠ったため、5時過ぎに目が覚める。包子とお粥じゃあ、お腹が減るわな。でもホテルの食事は7時10分から。
前日携帯で長春の地理を見るのだが、携帯は小さいから、わかりにくい。紙の地図を広げたいと思って、買いに出かけた。目の前が駅だから、絶対あるはずだ。北京駅付近だったら、たくさん売っているんだから。長春駅に入ってみたのだが、狭い。長春駅は南側は切符売り場と一部の出口のみで、寂れていると言っていい。にぎやかな方の北側に行くには、地下道を通る。東京駅で言うと、丸の内側から八重洲側に行くような感じ。結構歩いて、地上に出るとすぐにコンビニがあった。地図が5元で売っていた。5元、安くないけど、寒いし、もういいわと清水の舞台から……。 南側に戻ると、バス停があるんだけど、新聞売ってるオジちゃんが地図も売っていた。そうか。こういうところがあったか。 ホテルに戻ったら、7時を過ぎていたので、ロビーで朝ごはんの場所を聞くと、隣りの建物だという。 私が泊まったのは迎宾楼という、古い建物。朝食会場は朝食代38元を現金で払った。パンもなければ、洋食が一切ない。全部中華。 ご飯終わって、すぐチェックアウトして、出発。 ホテルから徒歩2分で、電車(中国語は轻轨)の长春駅。 前日お粥を食べたのがこの向かいなのだが、電車の駅だとはまったく気付かなかった。 右下が切符売り場。緑で停车场と書いてある真下が改札口。 改札口。 南昌路で降りる。 张景惠旧宅。 张景惠は伪满总理大臣。古い写真を見たい人は中国人のブログへ→长春旧影 そこから南に下ると吉林大学があり、その中の地质宫博物馆へ。 研究所なんかだと中には入れないけど、ここは開放している博物館なので、建物の中に入ってみた。地質博物館の中は参観しなかった。 ここに満州国の宮殿を建てる予定だった。つまり私が見学したほうの偽満州皇宮博物館は仮の宮殿だったのだが、第二次世界大戦も始まり、資金不足で地下の基礎のみを建設して中断。後に中国が設計図を元に完成させた。 上の黄色い建物は裏側だった。正面は文化广场だが、そこへは入らなかった。 さらに南に。文化广场の南の西側が伪满治安部旧址(1943年改称军事部)。現在は吉林大学第一医院。 東側は伪满洲国国务院旧址。現在は吉林大学白求恩医学院,吉林大学转化医学研究院。日本の国会議事堂を模して造られた。今知ったのだが、10元払って見学でき、お土産屋まであるという。 像は言うまでもなく白求恩。白求恩はノーマン・ベチューン。カナダ人の外科医。1938年に中国に派遣されて、延安へ行き、八路军の卫生顾问になる。4カ月で300回の手術をし、手術中に細菌感染して败血症になり、河北省で死去。中国では高く評価されていて、大学名に付けられるほどに。 どんどん南へ。東側に法部旧址。現在は吉林大学白求恩医学部 大学だからいいかと思い、侵入。 向かいは、伪满州经济部旧址。現在は吉林大学第三临床医院(吉大三院),白求恩第三医院,中日联谊医院。 さらに南に向かい、同じく西側に伪满州交通部旧址。現在は吉林大学公共卫生学院、吉林大学药学院、吉林大学再生医学科学研究所。 <続く> |
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長春での講義が終わって、翌日は日本語の授業を見学に行って、夕方からフリーなので、私は延泊して、一人で観光することにした。長春で見るべきものは二日目の午前中に行った「偽満皇宮博物院」。ほかは映画撮影所跡くらい?それで古い建物を見に、歩くことにした。
二日目のホテル「春谊宾馆」(旧ヤマトホテル)に着いたのが、15時半くらい。ホテルの近くをネットの地図で予習してあったのだが、徒歩範囲にも日本人が建てた建築が見られるので、すぐ外に出た。 15:50 长春站から南の通りが人民大街。最北端からスタート。 15:55 中央通邮便局旧址。今も郵便局として使っている。 15:58 满铁图书馆旧址。ここは何にも使っていない。 16:05 伪满国防会馆旧址。 道路の西側もどっしりした建物。 16:11 关东軍司令部遗址(現在は中共吉林省委员会。宽城区新发路577号) 日本のお城のよう。「殿!」って、探しそうになった。 トイレに行きたくて、バス通りから東に入り、长春百货大楼へ行った(16:22)。デパートを出て、そのあたりをウロウロする。 ↓これは文化东胡同。 カーネルサンダースのような。 メイソウのような。 バス通りに戻って、カフェでもないかと探したが、ない。好利来でコーヒーを飲む(16:42-57)。 17:05 伪满中央银行旧址(人民大街2303号。現在は中国人民银行) 伪满州电信电话株式会社旧址(人民大街2599号)。現在は中国联通所在大楼 ↑もっと近くで見る。↓ 17:12 公安。 长春市体育馆。人民大街2999号。 17:18 牡丹园。日本神武殿旧址。 この写真を撮った後すぐに携帯が固まった。充電は30%だったから、えええ?壊れた??駅からここまでずっと歩いてきたが、にぎやかなあたりに移動の営業所があるはずだ。ボッタくられたらイヤだな。とにかくホテルまで戻って、充電してから考えようと思った。駅まで行くバスに乗って、ホテル到着。電源さしたら、蘇ったよ。外はマイナス15度くらいだったかな。寒さに弱い携帯電話! ホテルは駅前だっていうのに、あたりのレストラン、食堂どこもガラガラすきすき。駅は北側が栄えていて、南側はそうでもない。結局適当にお粥屋に入った。 お粥は五種あって、6元払ったら、食べ放題。溢れる涙を(止めなさいっての)。包子も頼んで、計14元。 ホテル戻って、翌日行く場所の予習をして、テレビ見て、就寝。 《続く》 |
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娘:清楚ってどういう意味? というわけで、清楚な芸能人を挙げて欲しい。子どもにわかりやすく説明するため。
14時追記:中国人から質問がきた。「北京でおいしいおでん、すき焼き、ちゃんこ等の鍋が食べられるところはどこですか」。私は特に夜は和食に行かないし、誰か教えて欲しいの心。 |
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