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【2026/04/23 19:35 】 |
結婚の形
1.中国彩礼地图发布藏族男被评最幸福

彩礼,中国旧时婚礼程序之一,又称财礼、聘礼、聘财等。在西藏生活的藏族男子无疑是幸福的,因为他们娶新娘不需要送礼金,只需要送数量不等的牦牛(8000至1万元一头)、羊或者汽车就行。

北京市的彩礼由1万元礼金加礼品上涨为20万元加一套房。

在西藏生活的藏族男子无疑是幸福的,因为他们娶新娘不需要送礼金,只需要送数量不等的牦牛(8000至1万元一头)、羊或者汽车就行。


タイトルにあるとおり「チベット族の男性が一番幸せ」。なぜなら結納金(彩礼)は現金でなく、牛か羊か車でいいと。いやいや、悪いけど、私は牛か羊が必要な日常生活は送れない。「牛か羊」か「郊外の豪邸」かの選択なら、私は迷わず後者を選ぶ。あんなダンナであっても。郊外どうせめったに行かないし。

2.揭假结婚下的京牌交易:京户买主7万 外地户需10万

こっちは北京の不動産を買うのに、北京戸籍だと安いから、偽装結婚をする人がいるというニュース。私が留学した90年代初頭は「日本人と結婚=日本へ行くビザをやすやすと取得」だから「気をつけろ」と言われたものだ。わてら偽装じゃないよね?ヤツはいまだに日本に住む気はないし(鎌倉に家買いたいってまだほざいているが)。

3. 人大代表:放开二孩还不够 建议婚龄降至18周岁.

日本語に無理やり訳すと「国会」が始まったな。交通規制とかあるんだろうなあ。昨日すでに話題に上がっていたが、議員が「結婚の年齢を18歳からにしてはどうか」と提案した。微博のコメント、いいねが多い順に

・这种没脑子的代表怎么被选上的
・简直在搞笑,18岁还没定性、这是对任何人都不负责任的态度,不能为了生而生
・让她重返18岁 做个带头人
・为什么你们认识不到结婚率降低是因为很多人不想结而不是年龄的问题?
・你以为在养猪呢?


そのほか「離婚率が高くなる」とか。見事に否定派ばかり。日本では現行の女性16歳から18歳にしようとしているんだよね。

日本でも中国でも、ドラマにも取り上げられるし、さまざまな形でよくニュースになっているから、問題が山積みなんだなと思う。

アンケートを開始した。今、隠れているけど、今年開始したアンケートは3つあり、すべて期限を年末までにして、また顕す。今日設定したのは「プロポーズの言葉はなんだったか?」。コメント欄には原文ままでお答えください。

横のバーから。携帯で見ている人はここから

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【2017/03/03 10:35 】 | n北京生活,中国全般 | 有り難いご意見(0)
筆を試させてくれる店
先週も琉璃厂へ行った。筆を買いたいヒトがいて、どこで何を買ったらいいか分からないというから案内。集合は荣宝斋のベッドくらい大きな硯のあるところ。


これ一生売れないんだろうなあ。

どの店も文房四宝(筆墨硯紙)他、なんでも揃っている。荣宝斋は一番有名な老舗なので、贈り物にするブランドとしてはいい。日本でいうと「鳩居堂で買いました」という感じ。

筆はいつも行っている筆屋怡弘笔庄(錦龍堂の中)へ行く。




筆はこんな種類があって、私だって分からない。お店の人はプロだから、こちらの希望「筆の硬さ」「書く字の大きさ」「書く書体(楷書か草書か等)」を言うと、薦めてくれる。この店のいいところは水につけて試させてくれることだ。

↓こっちは去年10人くらいで行った時の写真なんだけど、同じ店内、筆屋のとなりは紙屋で、奥様方が「ランチョンマットにいい」と買った紙(左)。右の赤い紙は今年のカレンダーになっていて、上の部分に自分で字を書くようになっている。


昨日書いた中国書店+古籍書店の中には文房四宝も売っているが、毛氈(下敷き)も売っていて、初めて見た「写経練習用毛氈」。



先週はこのへんで昼ご飯を食べることになって、前門に向かって歩いた。どんどん東へ。


敕建火神庙始建于明代,那时是为琉璃窑厂烧制琉璃瓦件而祭祀火神的。到了清康熙时琉璃窑厂外迁,正阳门外灯市、书市向西迁,将琉璃厂厂甸加以平整搭设简易建筑,辟为书市,初步具备琉璃厂文化街的雏形。古今中外书店就怕着火,基于这种情况,康熙及乾隆年间,都曾重修过火神庙。大体从这时开始,每年正月初四至正月十五日,琉璃厂火神庙开始举办书市。书画、字贴、珠宝、翡翠,满目琳琅,成了一座文化商场。

当年鲁迅先生在教育部任职时,也常去火神庙购书。1924年,火神庙又重修。昔日火神庙,除了供奉大德真君之外,还是救火会常设机构的驻地,当地的灭火设施也多集中在此存放。救火会,又叫"水会",是旧时的民办消防组织。在琉璃厂文化街的历史上,对于预防火灾,曾起到过积极的作用。


このあたりの本屋が火事にならないように、火の神を祀った廟だが、今は画廊、イベントスペースになっている。開いているときに行ってみたい。

さらに東へ進み、突き当たりを右折。すぐ突き当たるので、左折。右手にレストラン「渔芙南」がある。ここの湖南料理食べた時の記事はここへ


東へ。Meeting Someoneの中に入ってみる。私はコーヒーだけ飲んだことがある(25元)。ご飯は中華と洋食の創作料理みたいだ。安くない。別の店で食べることに。


画廊で写真展をやっていた。4/20まで。


東へ。昼ご飯は鈴木食堂にした。

カツカレー40元(うろ覚え)。プラス10元で味噌汁(またはジュース)とサラダが付く。

食後はさらに東へ。廊坊头条近代的な建物が建っちゃっているんだけど、これからやるところエリアあり。




ちょっと南下して、北京一狭い胡同をご案内。正陽門まで行って、地下鉄で帰途へ。

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【2017/03/02 16:54 】 | n書道 | 有り難いご意見(0)
ナスは小さいほうがいいって言ったでしよ!
私が琉璃厂へ行くと言ったら、ダンナに本を二冊頼まれた。友人宅で実物を見ていて、写真を撮ってある。それを私に送り、同じものを買ってくれと。

地下鉄7号線の「虎坊桥」駅A口で降りて、北上。前に行った猫カフェを通り過ぎる。






中国書店と古籍書店が並んでいるが、中でつながっていて、ひとつの店。書道の本はここが一番多いと思うので、まずはここへ行くといい。店員にダンナから送られてきた写真を見せる。一冊はあった。「ええ?こんなに大きいの?」と声に出してしまった。これ私持って帰るのぉ?

もう一冊は店頭になく、店員がパソコンで調べてくれる。「交差点の角の方の中国書店にある」と教えてくれる。「その本はもっと大きいわよ」と言われ、げんなり。



ここでもパソコンで調べて「倉庫にあるから待ってて」と言われる。たいむいずまねー。时间是金钱。(何気にトリリンガルであることを披露)。その間に私は老舗の筆屋戴月轩へ。









店内で筆を作っていて、入室禁止と書いてある。私は顔を知っているので、日本人を連れて行っては、見せてもらう。写真も撮っていい。「日本から来ました」等というと、入れてもらえると思う。


空調の上にはイタチの剥製。これが毛筆になりますよという分かりやすい図。


安徽四宝堂のすぐ東の胡同に紙を売っている店がいろいろあり、入る。便箋を買う。

中国書店に戻り、本を買う。持ち帰るのがイヤなほどデカい。あんにゃろ!

地下鉄の駅へ戻る。駅のすぐそばに美術館とカフェがある。

この手前が1920美術館の入口。


無料で静かでいい。

同じ建物で交差点を曲がると、カフェの入口。

1920艺术商店咖啡馆大众点评

拿铁24元。砂糖入れますかと聞くから、と答えたら、コーヒーに入れて渡された。砂糖の量はヒトによって違うじゃろが。結果、甘かった。


これも本の大きさを知って欲しくて、写真撮った。遠近法という原理をご存知だろうか(どんだけ読者バカにしてんの)。私、ほかにも荷物あったからね。


この美術館とカフェの建物は以前は中国書店(下が本屋で上は出版社)だった。もっと昔は京华印书局(本の印刷所)だった。

京华印书局前身是北平(今北京市)由康有为、梁启超等人创办的强学会书局改组而来的官营印刷机构,于1884年组建,1905年被上海商务印书馆买下,改名为京华印书局。

地下鉄に乗って帰途へ。デカい本を抱え、二回乗り換え、二回落としたよ。あんにゃろ!

うちから最寄りの駅で降りたところで、ダンナから電話。先に私が「本買ったよ。こんな大きいとは思わなかった!」。「そうだ。大きい。我买的都很大」(俺が買うのはなんでもデカい)。私は心で(そうだよね。家もデカいしね)と笑った←笑えるなんてなんという余裕だ。諦観というか。

あれ?でもナスは小さいんだよね。デカいので統一しなさいよ!っつーか、あれ?あまのじゃく?あんにゃろ!

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【2017/03/01 18:29 】 | nダンナ、アート、アトリエ | 有り難いご意見(2)
ニュース:1月28日―2月28日in中国
2月19日

烂木头卖出天价 200元で買った木は実は皇帝木とも呼ばれる木で、168万元で売れた。
男护士身挂小患儿 小さな患者さん(赤ちゃん)が泣くので、抱き続けている看護士(♂)。
央视曝光网上黑市

2月20日

被骗入传销窝点 数名受害者遭体罚殴打、灌辣椒水 ねずみ講の拠点は軟禁状態で、殴る蹴るあり。
成都一中学开学要学生先交保证金 中学一年生のあるクラスで担任が保証金を預かり、成績が下がったら、そこから引く。親が同意してやったことだという。同意しているならいいんじゃないと思うけど、お金と成績は本来まったく関係ないもの。そういう親なら、そういう子に育つんだから、いいんじゃないのと私はやはり思う。けど、教育委員会は黙っちゃいない。結局担任は全額返した。
游乐场事故:游客被弹飞膝盖骨撕裂

2月21日

职工上班打盹被开除 单位赔偿13万元  (ニュースの動画2分)打盹多指坐着或靠着断续地入睡
你可能吃到了塑料做的假紫菜 これ一週間たった昨日もテレビのニュースでやっていたけど、ビニールで海苔を作るというワザ。その技術は騙さない方法で活用していただきたい。
这28种板蓝根千万别碰  板蓝根という薬を知らない中国人はいないと思う。メーカーがいろいろあるのは知っていたが、こんなにあるとはビックリだ。しかも、28種が不合格。病院に入れていたメーカーもあって、気をつけたほうがいい。

2月22日
杨振宁、姚期智放弃外国国籍 正式转为中科院院士
7旬老汉偷苹果手机 因只有一个按键200元贱卖
小学生欲卖身救母
莆田百万新娘订婚

2月23日

多地为广场舞立规
包头现坦克配飞机
父亲打股救子暂停筹款 因不想成第二个罗尔
内蒙古骑马送包裹

2月24日
重庆现墓地冥想
2千万“空巢青年” 两成“月光”精神慰藉靠购物
父亲为寻女当司机希望能够遇到女儿

2月26日

大阪一所幼儿园公然反华排外,日本民众都怒了!

3月1日

轿车开窗遭熊围堵熊孩子开窗惹祸 八达岭野生动物园といえば、昨年7月にトラ園(自分で運転。サファリパーク状態)に入った家族のうち奥さんが車から外に出て、虎に噛まれ重症、助けに出た母親が死亡という事故があったばかり。この奥さんはさんざん叩かれ、テレビにも出てたな。マスクして私の言い分を聞いてくださいと。その後見てないから、何言ったか知らないけど。虎は銃殺されて、世間は「虎」が気の毒だと。
  同じ動物園で2月27日、今度は熊園で、車に乗っていた子どもが窓を開けてしまい、熊が顔を入れてきた。今回は怪我等なかったが、ちっちゃい子が開けたんだろうね。親の責任だよ。今回も「希望熊没事」(熊が無事でありますように)等、熊派多し。


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【2017/02/28 20:51 】 | n高校 | 有り難いご意見(0)
ナスがデカくてなぜ悪い

先週息子の高校の保護者会があった。ダンナが行った。終わるのは夕方だ。

(中略)

ダンナが帰宅してから、ヤツが作るのでは遅すぎる=私が作る。この日は麺を食べることに決めていた。さて、具だ。ナスに決めていたので、ネットで「茄子打卤面」を探す(レシピはここ)。味がオイスターソースと甜面酱。ダンナが絶対食べない味だ。私は具(ナス、トマト、豚肉)を炒めて、半分は味をつけないままフライパンに移した。

さあ、ダンナが帰ってきた。ナスを見て、「デカすぎる。この8分の1でいいのに」。ええ?そんなに大きくはないだろう。

私はフライパンを指して、「こっちは味をつけてないから、自分で好きな味にして!」。「うん」とは言ったが、「虾皮在哪儿?」。中国の干し海老をたくさん出して、それに醤油を入れた。麺をそれで食べようとする。それは私に失礼だ。「父親に一生懸命おかず作っても、漬物食べる!」とよく嘆いている日本人を知っているが、それとほぼ同じ。

私:你应该什么都吃(なんでも食べなきゃダメでしょ)
ダンナ:我不是什么都吃(俺はなんでも食べるわけじゃない)

ブチ切れた。仏のみどり様が。忍耐度がおしんレベルの私が、私にしては珍しくものすごーーーーーく怒った。

味は自分で好きなのにすればいいじゃない!ナスが大きいと、味が違うのかよ。それはマジックだな。ナスは結局大さじ1くらいは食べたけど、あとは別のおかずで麺を食べる、嫌味な配偶者。

証拠写真をご覧に入れる。8分の1は言い過ぎだよね?

指と比べて大きさを示したく、わざとこうやって撮ったが、危うく中指のみ立てるところだった。

あ、今日も怒ったみどり様。時間切れだ。明日に続く。

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【2017/02/28 09:30 】 | nダンナ、アート、アトリエ | 有り難いご意見(0)
日本語版海闊天空
先週末から東京の路上で歌っている中国人の動画が「走红」。動画がアップされた当日に再生回数4億。それはここ→。海阔天空 日语版 ニュースにまでなった。「临高小伙日本街头唱《海阔天空》走红」。

靖国通りと明治通りの交差地点で「海阔天空」を日本語で歌っている。観客はひとり。中国人女性。女性が広東語で口ずさむと、歌い手も広東語で歌う。女性は日本人が歌っているのかと思っていたので、同郷に会い落涙という美談(?)だ。

中国人が感動して転送した動画にケチつけるようで悪いけど、中国人の発する日本語の「う」は中国語の「u」だ。力強い。この歌も娘と聴いたけど、娘が言う。「日本人じゃないってわかる」と。逆に言うと、日本人が中国語の「u」を発する時は弱い。誰でもが習ったと思うが、口を突き出して「う~」。唇の形が「u」のみならず、口の中。さらには心。握りこぶしで二回胸を叩き、ここよ、ここ!ここから「u~」。ハートから「u~」。矢沢永吉かっつの!(どこが?)

久しぶりに「海阔天空」を聴いたけど、やはり名曲だと思った。広東語はまったくわからないけど、これだけは歌えるようになったらいいなとまで思う(いや、私の場合「身骑白马」の福建語が先だな)。

私がこの日、パソコンで聴いた歌をここに載せておく。日本で開けるかな?みどりセレクト

↑7曲続けて流れるこの便利なのが開けなかったら、面倒くさいけど一曲ずつ↓

海阔天空
ありがとう
老男孩
王妃
我的未来不是梦
我的中国心
你最珍贵 (2017 R&B Version)
我的中国心は三橋美智也の気分で(もういーちゅーの)。

<本日の中国語学習>
他乡遇故知……在远里家乡的地方碰到了老朋友。指使人高兴的事。アタシなんか毎日のように日本人と会って、日本語しゃべってるわ。これが中国語が上達しない元凶か。

<アンケート>参与するように!
中国で買ったカセットテープ、CD、VCD、DVD / 中国語学習で一番難しいのは

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【2017/02/27 09:06 】 | n音楽、映画、動画、本 | 有り難いご意見(10)
コメント欄で盛り上がりすぎ(キリがないから、このくらいにしといてやる)
読者によるコメント=茶色。みどりのコメント返し=緑色

1. あの時代はビンボーで、不便で メチャクチャだったけど 面白かったと思います

本当にそのとおり。ビンボーだった。会社から派遣で来ている、または社会人の経験がなくて親が費用を思う存分出してくれる留学生以外は質素だった。そもそもお金を出しても、今のように何でもある便利な北京生活ではなかった。

2. 北京駅に鮮やかなポスターが 貼ってあって、見たら 列車爆発の被害者の見るも無残なお顔、遺体が何枚も 印刷されてて、それから 怖くて、しばらく1人でトイレに行けませんでした

それは「血的教訓」。北京駅にあったよね。「危険物を持ち込むとこういうことになりますよ」という、血だらけの生々しい写真がたくさん貼ってあった。

3. トイレと言えば、語言に住んでましたが、個室の鍵が壊れていて、いつも割り箸の1本で穴に通して鍵代わりになっていました。こんなオンボロ宿舎は語言だけでしょうか?

大爆笑。箸って……。中国人はビールを栓抜きでなく、箸二本で開けるのも、当時結構ビックリした私。

4.片仔癀、91年に友誼商店で大量に買いました。

片仔癀のパールクリームかロイヤルゼリーは当時のお土産の定番。

5.おそらく北京初の日本人板さんがいらした、80年代猛烈日本人ビジネスマンのオアシスだった『居酒屋兆治』どこら辺りでしたか?

发展大厦の向かいです。三環路沿い。詳しくは過去記事へ。私よりもっと古いオジ様達がコメント欄に「戦後(1945年)以降、北京で最初の日本料理屋は”和風”(元の東安市場内)で1960年代」等とネットで探しても書いてないようなことを書いていらっしゃる。

その近くに(霄云路の入口あたり)当時としては珍しい、日本語の歌があるカラオケ屋がありました。95年に私が結婚したとき、結婚祝いに(おいおい、そのおいわい)日本人女性二人が私を導いた。私が「古城」(三橋美智也)を唄い、二人から「どんな選曲よ?」とツッコまれた。

6. 養老の滝あったよね?

あちきが留学終わって、就労ビザで働き始めたとき、このあたりまで出勤してた。交通が不便で、うちからエラく遠かった。養老の滝は何回か行った。アジア村に「かに道楽「もあった。行ったことなかったけど。どちらも本物だったのか不明。

7.小公共汽車は乗客が集まるまで待っている間に、アイス売りの女の子が乗って来て商売してました。鄭州でのことですが。

今思うと、昔のほうが秩序なく、取締もあまかった。21世紀の首都北京は路上のモノ売りが激減した。90年代は書家の訪中団がよく来たので、そのツアーに同行したことが何度もあって、レストランからバスに乗ろうとすると、「あ、外国人(=カモ)来た」って感じで、物売りがすごくて、まずは「せんせい!せんせい!」って日本語言う。その後「せんえん!せんえん!」。扇子10個千円、ハンカチ10枚千円等。

8. 真面目な留学生じゃなかったので! 毎週金曜日の夜は昆仑饭店のディスコ←今で言うクラブ?に通ってました。 学割で50元、ワンドリンク付き。最後の〆の曲は、映画ボディーガードの主題歌。日本人、結構来てた。 あと、場所は忘れたけど スザンナというディスコもありましたね。行ったことがないけど。

語言学院の中にも小さなディスコがありました。シャングリラ饭店のディスコにも連れて行ってもらいました。

昆仑饭店のディスコは若い子達が行っていた(あちきも20代だったが)。北太平庄と积水潭にあった(どっちかがスザンナだと思う)。私はディスコなんて卒業していたが(本当か?)、ダンナ(そのときまだ結婚してないが)が行くというので何回かついていった。著名画家、方力钧も来てた。

昆仑饭店って当時結構日本人観光客、ビジネスマンが泊まっていて、エレベーターにかならず体を売る女性(どうよ、この言い方)がいて、男性を見ると誘っていた。

9.ディスコって、北京电影学院の所にNASAというのがあった。 あと、北太平庄に8番ラーメン、美国加州牛肉面大王があった。

NASA!懐かしい!!行ったことないけど。八番ラーメンは存在だけ知っているが、できたときに私はそこから引越ししていたので、店を見たこともなかった。美国加州牛肉面大王は何軒かあったよね?みんなで「本当にカリフォルニアに本店があるのか」なんて言ってた。

10. 93年2月、天津留学中に北京に何度か行きました。確か2月には地下鉄料金は5角均一で、3月に行ったら急に2元に値上がりしていて、4倍の値上げにびっくりしたのを覚えています。

これに関して調べてくれた方あり。写真載ってる。

北京地铁票价变化史
图解北京公交车票的发展历史

11.民族学院の近くに新疆料理屋があって、インド料理でいうナンみたいな饼が美味しかったですね。

民族学院の近くの新疆料理屋!!!!あった!!!!何軒もあって、新疆街だった。ゴミゴミしていて、衛生面はかなり心配だったが、食べた。

12.留学先の大学のトイレ、大の方には使用済みのトイレットペーパーを捨てるカゴがありましたね。昨年台湾へ語学研修に行った先の語学学校のトイレも、トイレットペーパーを流さないで溜めるようになっていました。

日本でなぜトイレに紙が流せるかというと、溶けるからだよね。中国のは厚い。昨今はティッシュペーパー(ボックス、ポケットともに)が普及しているけど、当時はトイレットペーパーの形のを部屋で使っていた。それを見た(東京から旅行にきた)実弟が「そうか、そっちでもいいのか」と実家でも使おうとしていたが、日本のトイレットペーパーは薄すぎた。鼻かんでもビシャビシャになるし、用途が違う。

現在、娘の大学の留学生宿舎のトイレもゴミ箱があると。娘曰く「ゴミ箱のあるトイレはそこに捨てる。ないと流す」。今、ローカルの中国人の家に行っても、トイレでそのまま紙は捨てる。古い建物だと下水の設備がしっかりしていないから、流しちゃいけないんでしょう。


13.90年代の冬の男性のアウターと言えば、ほぼ皆さん黒の革ジャンでした。今ほとんど見ないですね。

革ジャンはなんとなく覚えている。それよりサングラスかな。日本だと真っ黒のサングラスしてる人はあまりいないけど、非常に多かった。しかもデカい。実弟が北京に旅行に来て、「なんで中国人はグラサン多いんだよ。あんなデカいの、日本なら石原軍団かあゆかhitomiくらいだ」とツッコんだ。

とりあえず以上。

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【2017/02/26 18:13 】 | n90年代 | 有り難いご意見(5)
三里屯から西(書き終わった。途中に入れた)
息子が木曜日「明日学校終わったら、食べてきていい?」と聞く。一週間ばっちり勉強し、土日は休みだ。金曜日の夜はゆっくりしていい。それで、私は娘と外食することにした。都の西北に住む娘と東四十条の駅B口で待ち合わせ。ウェネバーで見て、行ってみたかった育膳房へ行った。





2000平米に20の店が入っているというフードコート。本店に行ったことはないが、とんかつの加藤屋もあった。営業時間は10時から22時。土日は二階でフリーマーケットがあると書いてあった。

着いたのが5時前で、晩ご飯には早い。とりあえず出る。娘は大学の学食ばかりだから、学校で食べないようなものがいいかと思ったが、本人の希望は「とにかく安いもの」。貧乏人の宿命(さだめと読む)よのう。

で、麺(おいおい)。中国のレストラン紹介のサイトで見たことがあって、行ってみたいと思っていた「隆小寳」。三里屯SOHOは店が探しにくい。「スターバックスの近く」を手がかりに探す。あった。


私たちが座ろうと思った席におかあさん、小さい子ども、おばあちゃんの3人組がちょうと座ろうとした。私が譲ったら、「どこの方ですか?」と話しかけてきた。「日本人」と答えると、「中国語ができるんですね」。そして私らがメニューを見ているときも「読めますか?」って。ワシは北京に何十年も住んでいるけん(心でどこぞの方言)。「看得懂」だけ言った。

ご飯モノか面/粉を選ぶのだが、面/粉のほうが種類が多いのでウリなのかと思い、にした。

酸辣肥肠面36元/爆炒牛肚面39元。内臓系は家で作らないので、これらを注文。あと豆奶9元。

食べ終わって、「この近くにあるはずだ」と思い出し、友人のブログで検索。「北京口福の記」の「お肉屋 French Butcher」。地図で見たら、さっき行ったところじゃないか!麺は美味しかったけど、スープが飲めないくらい油。それで燃焼しようと歩くことに。

この道は初めて通った。飲食店がいろいろある。


米歇尔肉店大众点评



量り売りのソーセージ(豚)を二本買った。26元。あと、ラーメンが一袋5元。なぜなら期限が2/28、3/18だから。

今ここの店名で調べたら、「除了玛莎婕妮璐,北京这八个外国食品超市你都知道吗?」(ジェニールー以外にも外国の食品を売っている店はある)という記事があって、こう書いてある。
肉店的主人米歇尔是法国人,几年前初来乍到在北京生活的他,因为找不到一站采买法国食材的超市,索性就自己开了如今的这家肉铺。

娘と二人でご飯を食べたので息子へお土産を探す。となりのパン屋(カフェ)面包会有的大众点评)へ。

クロワッサンごときが22元とか、冗談もほどほどにしてほしい。一番安いフランスパン(小)12元を買った。


(ここの店名「面包会有的」を見て。
娘:面包会有的牛奶也会有的って知ってる?
私:ええ?知らない

私の中国語の先生、有難い。家帰ってちゃんと調べた。
出自前苏联影片《列宁在1918》中瓦西里之口。战争期间,物资短缺,列宁的警卫员瓦西里与妻子互让一只面包,并坚定地告诉妻子"面包会有的,牛奶会有的,一切都会有的。意思就是你现在没有的东西,只要你愿意为之努力一段时间,那么终会获得的。表达的是一种不放弃希望的心态。ヴァシリ・ザイツェフ(スナイパー)の名言。ソ連の映画なんて見たことないっちゅに。)

この並びのカフェにもパンが売っているので、入ってみるが、やはり高い。

向かいにエイプリルグルメがあるので、入る。

ブリーチーズ20.9元、タルト18元と22元を買った。


そこからまた「育膳房」の前を通って、東四十条駅へ。この夜だけで1万歩歩いたよ。

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【2017/02/25 09:09 】 | n食 | 有り難いご意見(2)
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