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本題行こう。北京のバスでWiFiが使えるというニュースを見たのは、半年くらい前かな?でも、使えたことがない。この7月娘とバスに乗っていたら、こんな青いものが。 おまけ:中国語学習 douniwan= 逗你玩(意味がわからない人はふいの中国語講座へ) PR |
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コメント欄は公開されているので、記事として挙げさせてもらう。これを書いたユキヤマ嬢は私の北京美大時代の友人。以下茶色の字部分。 私が『外国人』であった頃、実習のため私達学生は農村へ赴いた。そこは戦時中、日本軍が上陸した村で、村人達が一致団結して日本軍を追い払ったという話も残っている村だ。当時の私はそんなことなど知る由もない。宿泊先の農家へまずご挨拶に行った時、引率の教師は包み隠さず私が日本人であると紹介した。 母屋にいた老人達の間から「わしゃ、日本人を見たことがある」「わしも」「わしも」「わしも」と声が上がった。いずれも戦争中の事だという。私の顔がこわばったのを見て、中国人の同学たちが私の肩に手をまわした。教師は言った「みんなウチのクラスの生徒です。ここではお客ではありませんから、手伝いがあればどんどんさせてください。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしく」と。 (私は日本に戻って、中国人の生徒を受け持つようになってから、よくこの時の話をする。 「なーんにも知らないで行ったら、そこの村はね・・・」と話し始めると、中国人の生徒達は目を見開いて思わず「完了!」と叫ぶ。いつの間にか感情移入しているのだ。) その村ではずいぶんお世話になった。炎天下、外を歩いていると「家で休んでいけ」とか「メシ食っていけ」と声をかけてもらった。 残念だったのは、その村では水が充分に使えず、シャワーができなかったためか全身にジンマシンがでて私一人だけ先に学校に帰ることになってしまった事だ。出発の朝、母屋から人が来て私に朝ご飯を食べにおいで、と言われた。いつもはみんな朝市で炸糕を買い、ハスの葉をお皿代わりに食べていたのだけど、私だけ村を離れることになり、最後の食事だから、と。皆にすまない気持ちと、少しおびえた気持ちもあって教師に言うと、「心配ないから、行ってごちそうになりなさい」との返事。 おそるおそる母屋の戸を開けると食卓の上にはすでに沢山のおかずが並んでいた。「小魚も煮たのよ」とおばあさんが言った。おじいさんの一人が、湯気の立つものを持ってきて私にそれを見せ「遠慮せずに食べなさい」と言った。それは、アルミのお弁当箱で炊いた白米だった。 「わしゃー知っとる。日本人は白米を食べる。魚もよく食べる。そうじゃろう?」 私も知っている。この村ではお米のとれる量が少なく、家ではめったにご飯をたべることはない。主食は小麦粉で、いつも烙饼を食べている。 私が「おいしい」と言うたびに、皆が笑ってうれしそうだった。切なくも忘れられない朝ご飯となった。 もちろん自分が外国人であることで嫌な目にも沢山遭った。 日本に戻ってからは、生徒が中国人だという理由でいわれのない誹謗中傷も受けた。 事実を生徒に告げるべきか悩んだこともあったけれど、最終的には本当の事を話すべきだと判断した。時にはあまりにひどい言われ方をしたので、相手(日本人)を殴りそうになったこともあった。情けないことに、生徒の前で嗚咽したこともあった。とても冷静ではいられない。特に自分の事はともかく、生徒が侮辱された時には。それで、こんな風にいつも話しています。 「私にはふたつの故郷があります。どちらともいい所と悪いところがあります。いい人も悪い人もいます。誰でも外国に行ったら『外国人』です。私もかつては『外国人』でした。これからも時々は『外国人』になることがあるでしょう。でも、外国にいても自分が外国人だと思わないこともあります。それはどうしてでしょう。私には故郷がふたつあるからです。」今年も生徒達にこの話をしました。何人かが涙を拭きながら頷いていました。 読んで涙が出た。読者も目頭が熱くなったのでは?と察する状況で申し訳ないけど、ここは私のブログだから、言いたいこと言わせてもらう。 中国が好きでたびたび旅行に来る日本在住日本人が、「中国は第二の故郷です」と言う。「中国大好き」日本人というのがあまた存在する。私はそれを批判するつもりはない。だってその人達、私じゃないんだから。でも、そういう言動を耳にするたび、「人の気も知らないで」と秘かに思うことを暴露しておこう。 中国人と結婚して、子どもが現地校へ通う。もうそれはイヤなことが目白押しだ。駐在員、留学生では味わえない体験をたくさんしてきた。具体的に書けないけど、息子の受験時、私は結婚17年間で一番「国際結婚しなければよかった」と後悔した。いや、以前も後悔はたくさんしたけど、忘れちゃっただけだ。 「私、中国人じゃないんだから!!!」。心がたびたび叫ぶ。理解できない、したくもないことがたくさんある。日本と中国は常識が違いすぎる。北京に20年以上いても、面食らう。いや、反面、いいこともたくさんあったよ。日本にいて日本人サラリーマンとでも結婚していたら、または独身だったら、私が好きな「かくも変化に富んだ生活」は望めない。いいことの方が多いから、離婚にも踏み切らず、望んで中国に住んでいるんだけど。 私が苦労しているのは、空気汚染でも反日感情でもない。それは中国、中国人との摩擦。自分が外国人として外国にいることを否が応でも認識させられる。 心が寛ければ、そういうのも乗り越えて、「中国は私の故郷だ」なんて言えちゃうのかな。心が狭いと言われても私は別段構わない。 心遣いができる。時間に遅れない。社会にルールがある。法治国家だ。 私は日本人に生まれてよかった。それを誇りに思っている。 |
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北京に来て浅い駐在員が言う。「西単と西四の間に楽器屋があると言われて行ったら、1軒しかなかった」。西単なんて繁華街にないよ。もっとさびれた感じのところに楽器は売ってなきゃね。もっと北に進まなくちゃ。 楽器といえば新街口か琉璃厂という地名が思いつくが、もうちょっと具体的に楽器情報が得られたら、ここに追記したい。あっ、私、今年中にギターを買うことをおととい決意した。何気に野望をちらつかせるみどり(野望なのか?) 次!家具を買いたい。昨日もまたIKEAに行った。7月に買おうか迷ったソファーは売り切れていた。今日は「红星美凯龙」へ行く。クローゼットがなくて、床に服を置いている(おいおい)、貧乏な日々から脱出したい。 あと買いたい小物は足拭きマット、スリッパ。北京で買うのにここがいいという楽器屋、家具屋、インテリア売ってる店があったら、教えて欲しい。 |
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初めて会った駐在員の奥さんとおしゃべりすると、必ず聞かれるのが、「毎日中華なんですか?」。いや、うち仮面夫婦だから。別居だから。日本人家庭が食べるようなものを日々作っておるわい。私の先生、クックパッドだし。 でも、最近中華が上手になりたいと思うようになった。それで中国語で検索して、レシピを探している。 店で食べると、緑の野菜は一種類しか炒めないものが多い。チンゲン菜だけ、ブロッコリーだけ。それで一品。かつて家で私が豚肉とチンゲン菜を一緒に炒めようとして、ダンナに「肉は入れちゃいけない」って怒られたことあったわ。店で注文するときは肉と野菜(できれば数種)を炒めたものを必死になって探すが、中でもこれは結構好きだ。 ・炒合菜 2. 炒り卵を作って取り出す。 3. 豚肉、もやし、ニラを炒め、1と2を足す。 4. 味は塩、酢、醤油、砂糖、味の素。 赤ピーマン、豆腐干を入れるレシピもある。 うちの息子ったら「ママの作ったのは美味しくない」とか言いやがるんだよ。それで作らせたら、美味く作るじゃないの!憎たらしい。息子が作ったのは「蒜蓉西兰花」。 はじめにさっと茹でて、あとはにんにくを炒めてから、ブロッコリーをぶちこむ。味は塩だけ。 ・「美食杰」写真が7枚もあるのに、7枚ある意味をまったく成していないところに意地悪く注目したい。 店で食べて美味しいなと思うのに、自分では上手く作れないのが白菜の炒め物。これ肉など入れず白菜だけ。 ・「爆炒白菜」 1. 唐辛子を炒める。 2. 白菜を入れる。 3. 味は塩と味の素(って書いてあるけど、私は塩、醤油、砂糖) 私の料理が美味くない理由は薄味だからだと息子に言い訳したい。これ味を濃くしたら、ご飯が進んだ。キャベツにして「爆炒圆白菜」を作るのもよい。 以下、作ってよかった和食。 ・プルプルの仕上がり☆茶碗蒸し |
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<前編>を読んだ人は<後編>から読めばよろし。 <前編>保護者会があった。行ってみると、校庭に椅子が置いてあるのが見える。え?外?のちに生徒が椅子を持って出てきて、親はその置いてあった椅子に座る。自分の子どもの隣りに。 教育専門家の講演会だった。「自分は成績が下から二番目だったけど、クラスで一番の子よりも努力した。それが誇りだ」。講演を聴いたのは中三の生徒と父兄。高校入試まであと50日。努力すればいい結果につながると言いたかったのか。 この講演では「感恩」(gǎn‘ēn)が強調された。親が子どものためにどんなに心を尽くしてきたか、いろいろな事例を挙げる。子どもの要求はすべて満たして、親は常に犠牲となっている。「キミ達は親が好きな食べ物を知っているか」とか。大やけどした子どもの皮膚移植で、母親が自分の太腿の皮膚を与えた。麻酔もせずなんていう例も挙げた。聴いてて怖かったよ。 親への感謝の気持ちが高ぶったところで、「親が来ている生徒起立。その親もご起立ください」。むせび泣く親と子、数知れず。「子どもは親の頭を撫でて。そして抱き合ってください」。えええええぇぇぇえええええ?みんなやってる。そういうの大嫌いな外国人の私と娘。娘「ママ、いいよ、やらなくて」。 「親に感謝の気持ちを言いたい人、前に出て来てください」。3人が選ばれて、1人ずつマイクを持つ。男子(泣きながら)「親がそんなに大変だったなんて今日初めて知りました」(おまえ、ブッ飛ばずぞ。15にもなってそんなこと知らなかったのか)。次は女子。この子は小学校のとき娘と同じクラスだった子だ。「うちは母子家庭です。お母さん大変なのに、これまで口答えしてきて本当に悪かった。今まで言えなかったからここで言います。いつも本当に有難う」。これは泣けた。知ってる子だったから。 次、先生。先生の仕事がどんなに大変か。「先生にだって子どもはいる。親もいる。連休だといって子どもを公園に連れて行ける先生が何人いますか」。いやあ、いるでしょう。連休は出勤しないでしょう。「生徒起立。先生は前に出て来てください。生徒、90度でおじぎ30秒」。ここで30秒もするのかよと思うのは私と娘くらいのものだ。「さあ、生徒は担任のまわりに行ってください」。泣きながら握手する生徒たくさん。生徒、席に戻る。その次は「親が先生のところへ行ってください」。娘「ママ、行かなくていいよ」。私「いや、そういうわけにいかないでしょう」。一応行って握手して、笑顔で「谢谢」と言ってみちゃう私。 ほかにどんな話をしたかというと……。性教育は家庭でちゃんとやってください。精子3億の中から一番に卵子と結合して生まれたのがアナタ達です。その精子は「全力以赴」(quán lì yǐ fù。日本語だと「一生懸命」)だった。生まれてきて「全力以赴」で努力しなかったら、二番目の精子に申し訳ない。 長期休暇のとき、たとえば四川省の山の中へ子ども達を連れて行く。毎日毎日じゃがいもを食べる。だってじゃがいもしかないから。子ども達は「ケンタッキーはないんですか」などと聞く。そんな子が北京に帰ってきてからは食べ物を無駄にしなくなった。そして体重も減る。親は喜ぶ。 中国の子は甘やかされているし、自分を守る意識がない。日本の大地震のとき、なぜ子どもの死者が少なかった知っていますか?避難訓練を小さい頃からやっているからです。たとえば山の中に置いていかれたり、海に投げられたり。 おいおいおいおいおいおいおい!初耳だ。私の特技「誇張」をはるかに卓越している。というよりはウソ? この人の日本ネタはまだある。 <後編> 中国人の講演なんてあんまり聞いたことないけど、この人の話は面白かったと言える。原稿を読み上げているのではなかったし、デカい声だからというわけでなく、集中して聴いてもらえるようにいろいろ工夫してあったと思う。話し始めてすぐ、すぐ後ろのおかあさんがゲラゲラ笑っていた。私は笑いの基準が高いから、「ふーん」だったけど。 親に感謝、先生に感謝。わかっておるわい。うちの娘は私に非常に似ていて、めっちゃ冷静でツッコみ系。この人の講演を終始冷めた目で聴いていた。私も「ブログのネタ提供有難う」くらいの気持ちだった。それはこれまでの保護者会と同じように。そう。彼がそれに触れるまでは。 彼は強く言った。「親に感謝するべきです。親には二つあって、一つは祖国。もう一つは産みの親。祖国という親が虐げられたとき、子どもは黙っていられません。去年の9月私は日本大使館の前で3分間演説をしました」。ほかにもいろいろ言っていたけど、日本に強く抗議したい。そういう趣意をアツく語った。 私、そして私の隣には娘。クラスの子だけでなく、ほかのクラスの子でも私らが日本人なのは知っている。だからと言って、「ここに日本人がいる」と指差すわけでもなく、娘に何か言うわけでもなく。それこそ中学生ともなると、冷静だ。 私も冷静だった、、、わけがない。私の右に座っている娘を見たかった。見守りたかったというか。でも顔をそちらに向けられなかった。私が学校に行くというのは保護者会くらいのものだが、たいていテストの後で、先生からの話といえば、成績の話。「日本」を、しかも「反日」の話を学校で、この耳で直接聞くのは私にとって初めてのことだった。 空気が凍てついた。私を包む空気だけが凍てついていた。娘にとっては初めてのことではない。盧溝橋に遠足に行っているし、教科書にだって「抗日英雄」が載っている。娘がもうすでにとっくに体験しているこの気まずさを、私は娘が中三であるこのとき初めて重く、非常に重たくこの身を以て知った。 このとき私が娘に顔を向けられなかったのは、申し訳なさから来ていた。私が国際結婚をしたから、相手が中国人だから。そして私が日本人で、生活の拠点が中国だから。娘がハーフだから。私は一人、中学の広い校庭で茫然としてしまった。 ふいに娘が小学5年生のときのことを思い出す。国語の教科書に「狼牙山五壮士」が紹介されていた。これも抗日英雄の話だ。「こういうふうに日本が教科書に出てきて、友達に何か言われないの」と聞いたとき、「いいの。無視するから」と娘は答えた。切なかった。それ以上何も言えなかった。このときからだ。私が娘にあれこれ問い質さなくなったのは。 誰かが悪いんじゃない。いや、私が悪いのか?いずれにしても娘にとっては試練だ。私は自分が冷静だと思ってきたが、娘のほうがもっともっと冷静なのかもしれない。 (完) |
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ダンナも娘も息子もiPhone。ダンナが私に「買ってやる」と百万回くらい言ったが拒否。携帯持つこと自体屈辱なのに、iPhone。一生買わない。世の中そんなに便利である必要はないというのが私の考えだ。 うちの子達、ガチャガチャ大好き。この夏東京で買ったのはiPhoneのパンツ。おいおい!電話にパンツってどうよ。200円也。 北京にも売っているのを娘が数日前に発見。12元也。北京のほうが安いじゃないか。娘は「日本のほうが質がいいよね。它会掉色」と自分を慰めている。
你的iPhone穿内裤了吗? 没有?你太out了 ←おいおい! 今回の一時帰国は私が書道に費やしたい時間を犠牲にして、子どものしたいこと優先という日々。馬鹿だ馬鹿だ。親馬鹿だ。 ちっちゃい子、怖がるって!おもちゃ売り場でまだまだ遊べる3歳のような13歳。それが我が息子だ。 秋葉原には2回行った。初めて知ったホビーオフ。ブックオフは知っていたが、おもちゃが安いところなんて有難い。私は前回の帰国時、東京駅にあるジャンプショップへ行った。中国人も結構来ていて、国際電話をかけているのを耳にした。「ワンピースの○○が○○元だけど、要る?」って。キャラクター物高いもんね。ホビーオフは中国語のブログに書いて、日本へ行くアニメ好きの中国人に教えてあげようと思う。 |
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私のまわりでたびたび「望京奥様ツアー」が組まれている。7月に行ったコースを書き記そう。 昼食に集合は「杏花村」(望京新城4区412号楼1层。TEL:84722213)。モツ焼き(铁板肥肠)がウリの店だが、上品な奥様達(withうちの娘)と韓国の家庭料理を楽しんだ。この日の目的は「豆乳スープ麺」(写真左上の白いヤツ)。塩気がまったくなく、自分で塩を足すしくみ。この日頼んだ数々の料理の中で「焼肉にスープを足した味」の料理(写真右上)が私の一番好きな味だった。 one of 奥様が「布屋に行ってカバンをオーダーしたい」と言った。日本人奥様御用達の加工屋があるという。そこから徒歩で、露天ではなく、ビルの中に入っている市場へ。
私:一応「可以再便宜点吗?」って聞いたよ。でももう日本人がたくさん来ていて、この値段で売っているんだから、安くはしないと思うな 娘:これだから日本人はダメなんだよ ぷっ。日本人を全面否定する国籍100%日本の娘ちゃん。 喉が渇いたので、徒歩で「ZOO COFFEE」(阜通西大街宝星华庭5号楼1层)へ。中国語で「动物园咖啡」と訳される韓国系カフェの店内には動物がいっぱい。もちろん生ゴリラがコーヒーを運んでくれることはなく(当たり前だ)、置物がここかしこに。写真は他人のブログから。 そしてまたまた徒歩でこの聳え立つ「希望の塔」(という名前はアタシが勝手に付けた)の真下を通り抜け、いよいよ待望のイタリアへ。外がぐるっと2階建て、中が露天の市場。こういうスタイルは「コロッセオ」と称するんだよね?入口に韓国系スーパー「又来玛特」があった。 露天の市場でanother of 奥様が「新疆の小さいアンズが美味しいって聞いたんです」と言い、私も買ったが、果たして美味かった。1斤15元くらい。屋根のある方に海鮮類が売っている。南湖市場が引っ越したと聞いてすぐ行った五環路脇の市場で私が300元という大枚はたいて買ったカニの店もここに移っていた。
望京はうちから遠いのに、ワケあってたびたび行っている。そのワケもいつか語らねばなるまい。 |
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この私が、北京を代表するブロガーである、この私が、2週間もパソコンを開かなかった。そんな確率、月旅行に今晩行くくらい低いよ(誇張もほどほどに)。 私が北京にいない間、ブログは信者だか側近だかの皆さんがアップしてくれていて、コメントもしっかり来ている。私が不在であろうと、ブログとしての機能はちゃんとしておった。しかし、私は私だ。私しか書けないことをアップして、皆さんとの違いを思い知らせてやる!(おいおい、感謝の気持ちは何処へ?) この2週間お江戸に行ってまいった。私が自分の服、靴、バッグいずれも買わなかったなんて初めて。子どもが行きたいところを優先しすぎたと、女々しく反省している。 本を二冊買ったくらいなんだよな。 去年の再放送だが、NHKテレビ書道講座のテキスト。柿沼康二が講師。私はこの人、好きでも嫌いでもない。このテキストがこの人の作品集だったら買わなかったけど、ちゃんと王羲之とか古典作品も載っているから、資料として購入した。 元みどり軍団の一人が「テレビで見て柿沼康二さんのファンになりました」とのたまい、私に火がついた。「一日5時間も臨書するんですって」とも言った。臨書というのは、創作をするのではなく、古典を見て書くこと。単身で子育てして、平均睡眠時間が9時間の私に5時間はどうあがいてもひねり出せない。ブログに2時間かかるしな。 ただ書道に真摯に取り組まないといけないと改めて自覚した。今後、外で講義したりする機会に恵まれそうで、自分をピカピカに磨いていきたい。 空港ではAERAを買った。私は情報を得るというよりはうまい文章が読みたいと思って、AERAの、特に「現代の肖像」を読む。何かと話題の壇蜜が出ているじゃないか。体がウリなだけでなく、「芸人顔負けの当意即妙な切り返しで周囲を圧倒する」んだって。 柿沼康二、壇蜜、ライバルだ(冗談だよ)。私には野望がある。それはさほど具体的でなく、とにかく前進したいと思っている。奇しくも息子が私に「妈妈,你有野心吗?」と聞いた。あるある。大ありだ。心臓に毛が生えている私でも口外できないくらいデカい希望を抱いている。そしてそれを静かに墓場まで運ぶ(おいおい)。 私の夏休み、脳休めは終わった。読者は見るがよい。はじけるみどりを。
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