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王府井の东方广场に(地下一階。一番西)オープンしたばかりの『丼丼屋』に行ってみたかった。微博で中国人が書いていたので知ったんだけど、香港の会社なのに日本料理。 私が今書道展をやっている『番屋』(光明飯店3階)の宣伝をしておくけど、10食限定の日替わりランチは35元。この日は「サンマの蒲焼風」で、最後に甘いものもつく。↓こっちのほうがいいでしょ。 ご飯食べてるときにダンナから電話。「明日から連休だ。いつアトリエに来る?」えええ?行きたくない。あんな生活不便なところできれば行きたくない。ダンナ「カニもらったから、今日にでも来い」。え?カニ?じゃあ行く(おいおい)。で、1日から行くことになったわ。カニ食べたらとっとと市内に戻りたい。
その後コーヒーのフィルターが買いたくて、建外SOHOのジェニールーへ。日本で買ってこなかった。北京は高いな。1-2人用40枚8.6元。あと子どもに「ジェニールーでポッキー買ったよ。ちゃんとmeijiって書いてあるから、本物だよ」って言ったら、「ママ、ポッキーじゃなくて、ラッキーでしょ。ポッキーはグリコだよ」て合唱のように二人からツッコまれたよ |
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私のブログは日記じゃないよ。でも今日は忠実な日記にしよう。 北京に唯一のアップルが授権しているiPhoneの修理店があって、場所が西単。ネットで検索すると、東では「朝阳大悦城」にあるって書いてるのがあるけど、閉まってしまった。近所にも携帯修理屋はたくさんある。でもちゃんとしたところで直したかったので、西单大悦城の5階にある百邦苹果客服中心へ。 日本人の友達もみんなここのお世話になっていて2時間待つと言う人もいる。本持って、ブログの原稿でも書こうかと紙持って、とスタンバイしていたが、番号札を取ると、ウェイティング無し。そして15分から1時間でまだその窓口に来てくださいと。時間は1時半過ぎててお腹減ってたけど、5階をウロウロして、本当に15分で修理が終わった。 私は前回来たときに会員カードを40元払って作っていたので、今回無料。「本当は180元かかりますけど」って言われた。 この「西单大悦城」はデカいデパート。地下に正規の(たぶん)アニメ『ワンピース』の洋服が売ってる店があった。レストランもたくさんあるけど、私は地下鉄乗って王府井へ。 (続く) 追:http://support.apple.com/kb/HT1808?viewlocale=ja_JP 日本語による説明 |
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その1:ちょっと前なんだけど、突然one of若い男から微信でメッセージがやってきた。このみどり様に字を書けって言うのよ。筆じゃなくて鉛筆で。その後音沙汰無しだが、どーなってんのか?この若い男はね、たぶん私のブログを一回も見たことないんじゃないかと思う。たぶん。 その2:another of若い男からの依頼で唐詩を書く事になった。李白ね。これちょろっと小筆で書いた原稿。でも大筆でだとまったく感じが変わってしまって、どのように仕上げるか検討中。最後は半紙大。 |
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今ね、故宮書画館の資料を作ってんの。私は、有名な中国の歴代書家の人となりをあまり知らなかったけど、みどり軍団を率いて解説する必要があるから、いろいろ調べている。逸話を紹介しようと思う。気持ち悪いヤツ。 鮮明な画像がないが、しゃーない。徐渭のこの作品が11月4日まで展示されている。
徐渭(じょい)という明代の有名な文学者、書画家、軍事専門家。性格は簡単に言うと、陰湿で執念深い。徐渭の生涯はwikiから。以下は抜粋。 6歳からエリート教育を受けたが、科挙に受からず。20代はじめに結婚。25歳のときに兄が急死。すぐ後に妻が亡くなる。生活は貧窮。友人を頼って各地を転々とし、32歳のとき戦果を挙げ、高級官僚から幕客(私設秘書)として迎えられる。文章の代筆をし、褒賞を得る。これを元手に40歳にして酬字堂(自宅)を建築。しかし2年後、有力な後ろ盾が不正事件に関与。次第に精神が不安定になっていく。1566年、狂気から妻を殺害。釈放後、中国各地を遊歴し、盛んに詩や画の制作、文筆を行う。1582年、病が進行し帰郷。門戸を閉ざし誰とも会わなくなる。自伝『畸譜』を書き上げた1593年に没す。
百度百科に書いてあることが日本語訳されているものを見つけた。ちゃんと読みたい人は「人殺しの徐渭」へ。 馮夢龍の『情史類略』の記載より。 徐渭は才能豊かであったが、なかなか認められなかった。胡宗憲が浙西総督となった時、招聘されて書記となった。胡宗憲の信頼ぶりは並々ならぬものであった。 ある日、徐渭は杭州のさる寺院へ出かけた。僧侶たちの態度は無礼で、徐渭はこれを怨みに思った。晩は娼家に遊び、敵娼の部屋履きの片方をこっそりと袖に隠した。夜が明けて胡宗憲のもとに戻ると、女物の部屋履きを出して見せた。「杭州の寺院にて見つけました」。これは徐渭の捏造であったが、胡宗憲は信じて激怒。詳しく調べもせず、寺院の僧侶を二、三人捕らえ、見せしめに斬首した。 徐渭は最初の妻の死後、再婚したが、すぐに離縁。その後、美貌の妾を入れた。ある日、徐渭が外出先から帰宅すると、美男の僧侶と妾が枕を並べて昼寝をしているではないか。徐渭は獣のような叫び声を上げて鉄製の燭台をつかむなり二人に襲いかかった。徐渭は妾を殺した罪で捕らえられた。徐渭は妾と密通していた僧侶も殺したと主張したが、そのような僧侶は存在しないと退けられた。幸い、友人たちの奔走のおかげで死罪は免れた。 後に徐渭は悟った。すべては杭州で僧侶を陥れた報いだったのである。妾には何の落ち度もなかった。彼は二度と妻を娶らなかった。 庇護者であった胡宗憲が失脚した後、徐渭は発狂する。耳を錐で突いたり、腎嚢を叩き潰したりして自殺を図る。こうした一連の狂気の発作の中で、ついには妻殺しの大罪を犯してしまったのである。
これもwikiから。芸術面。 書は蘇軾、米芾、黄庭堅などの宋代の書に師法し、行書、草書に秀で、自由奔放な書風を確立した。清の八大山人、石濤、揚州八怪らは徐渭の書風を強く敬慕した。 画は牧谿など宋元の花卉図を模範とし、自由奔放で大胆な画風であった。陳淳とともに写意画派の代表とされる。徐渭は好んで水墨の花卉雑画を画き、自作の題詩を書き込んでいる。山水図はあまり画かなかった。その画風は八大山人、石濤、また鄭燮、李鱓、趙之謙、呉昌碩、斉白石、潘天寿など後の大家に強い影響を与えた。
字は上手い。絵描きの字だと思う。うちのダンナも字は上手い。書家の字じゃなくて、画家の字。以下、ネットから適当に拾って作品を貼るが、たくさん見たい人はここへ。 おまけ:故宮とまったく関係ないんだけど、嘉徳のオークションが終わったばかり。これを描いたのは今年61歳で亡くなったばかりの朱新建。この作品が17万2500元よ。ふーん。徐渭だと800万元というのが数年前あったな。
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去年の9月、娘は外国籍なので、ラクに、レベルの高いある高校に入学した。統一入試のテストでクリアしていれば、中国人と同じクラスに入れるが(插班)、点数が及ばず、外国人だけのクラス(国际部)に入ることになっていた。 初日に学費を払ったのよね。私もダンナも学校へ行った。事務の先生にダンナが「うちの子はこれまでずっと中国人のクラスにいたんです。外国人のクラスじゃなくて、中国人のクラスに入れて下さい」。私、焦ったよ。余計なことを言いおって!ホント、レベル高いから、ついていくのは無理だと思った。先生は「前にもそういう父兄がいたんですよ。結局国際部に戻りましたけどね。校長に話してみます」。 私もダンナもその後すぐ帰宅。娘が11時頃電話してきた。「ママ~、明日から中国部だって」。ええええぇぇぇぇええええええ! そしてこの1年、非常に高いレベルの中、時には「授業がまったくわからない。一つもわからない」とか、終いには「生きている意味がわからない」とか遺書のようなことまで言った。 中国部と国際部があるわけだが、中国の学校の規定で、3年生になったら、絶対国際部に移らなくてはならない。それは外国籍の生徒は「高考」(大学統一入試)を受けないので、受験態勢が違う。外国人は外国人用の入試準備をしてくださいということだ。 だったらもう2年生から国際部でいいのではないかと私が強く思い、この9月から外国人だけのクラスに移った。 クラスは韓国人がたくさん。静香以外は全員寮に入っていて、年齢も上が多い。語学学校で1.2年中国語を勉強してから、この高校に入るという子が多いという。うちの子みたいに中国語ネイティブはいないようで、国語の授業がいきなり簡単になった。国語で使う唐宋の詩の教科書は英訳付き。娘に「英語見て同時に勉強できるじゃない!」と言う。数学は難しい。韓国人、中国語がろくにできなくても、数学がかなりできるって。 あと、英語。これまでの英語学習はやはり長文読解とか、文法中心で、日本の英語教育みたいな感じかな。会話をそんなにやってこなかった。英語の最初の授業で、自己紹介を英語でしなさいと言われて、みんなスラスラ出てくるのに、娘は結構困ったらしい。 娘が「favorite foodは?って言うとき、韓国人が私に『寿司[shòu sī]?博多拉面[bó duō lā miàn] ?』って聞くんだよ。bó duōって知ってるの。私がice creamって答えたら、がっかりしてた」。おいおい。 宿題はどっさり出るけど。学習内容は緩くなった。その分、日本語の勉強してもらわないと。先週先生が「我爱北京」という題の作文を書きなさいと言ったら、クラスの子が「我不爱北京。天空是白的」と言ったんだって。ぷっ。でも「作文コンクールだから出して!」と先生が言うと、「じゃあ空のことは書かないで、作文は書く」とその生徒は答えたらしい。娘はもう書いてあって、「私は“爱”じゃないけど、もう16年も住んでるんだしね。本当のことを書いたよ」って。中国人特有の美辞麗句を並べる、「爱」を強調した作文じゃないなら、宜し。 今日は中国部、国際部一緒で運動会。いつも7時半登校でいいいのに、6時50分登校。6時に家出たよ。 今ね、まあ楽しそうだ。心情好。それが一番大事かと思う。 |
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