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先週、この冷静が服を着ているようなアタシが息子に怒って、iPhone6ぷら~すを机に叩きつけ、画面にヒビが派手に入った。 「ママ、これがのび太だったらね。『ドラえも~ん、なんとかしてよ~』『ダメだよ』『お願い、ドラえも~ん』『しょうがないなあ』ってしょうがない顔して直してあげる。あれだから、のび太はダメなんだよ。ドラえもんはよくない!」 初めての日本旅行で東京へ行かないって……。娘が「バカにはもう教えてあげない」(おいおい)。 日本旅行なんてね、アタシが案内したいよ。でもうちの息子、6月24日から入試。それどころじゃない。高三は卒業するのが早いんだよね。 昨日は「ちょっと横になる」と言った。5分くらいして「ええ?宿題終わってないよね?寝るって言ってないよね」「寝てない」「寝てるじゃない!」「休んでるだけ」。寝ていることを否定する娘。「朝5時に目覚ましかけておくからね」。 今朝「また寝ちゃったよ」。昨日の会話を伝える。「ええ?全然覚えてない。それは寝言だ」。おいおい!寝言でしっかり受け答えするなーーー! 「ママ、カバン作るやつ見たことある?」「あるよ。ズボンを切って下縫って、紐つけて、カバン」「私が見たのと違うな。Tシャツの袖がないの、なんて言うの?」「ランニング」「それの下を縫って、カバンにするの」「で、持つところは……あっ」「もとからあるじゃん。あれ、重いもの入らないよ。硯とか無理」。さすが書家の娘。硯って……。 PR |
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ダンナの弟の嫁から電話がかかってきて、6月中旬に個人旅行で日本へ行く。初めは「京都と北海道」と言っていたが、「また行く機会もあるだろうから、京都だけ」と。弟だけ日本旅行へ行ったことがあり、嫁と娘(高三)は初めて。嫁は「大阪と京都はどっちが大きいか」ととんちんかんな質問をするので、私が「面積が大きいかより、観光するところが多いかで考えたら、京都のほうが見るところが多いし、となりに奈良という県があって、そこもお寺は多いよ」と私は答えた。嫁は真面目な仏教徒。お寺大好き。 滞在日数は12日間(長っ!)。関空に入って、関空から出るというのは決まっていて、行くのは大阪、京都、奈良で、神戸を入れる余裕があるかどうか? 私は中学も高校も修学旅行が京都、奈良だった。あとは旅行に数回行った。その程度。関西は私ら関東人にとっては、別の国だから(おいおい)。全然詳しくないので、いろいろ教えて欲しいのこころ。
・行くコース ・絶対行くべきスポット ・泊まるホテル(安いほうがいい。でも、旅館とか特色あるところも泊まってみたいと) ・食べるべきもの 何でもいいので、コメントください。
参考に読んだサイト ・訪日中国人向けアテンド~観光編~(清水寺、おみくじ、金閣寺、嵐山、唐招提寺、奈良公園、大阪城、海遊館) ・外国人にオススメ京都観光名所10箇所 1.伏見稲荷大社 2.金閣寺3.桂離宮 4.京都御所 5.修学院離宮 6.清水寺 7.平安神宮 8.龍安寺 9.三十三間堂 10.下鴨神社 11.宇多野ユースホステル(番外編) ・恋する中国(京都) 「中国人観光客に京都はイマイチ人気がない」。 |
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我女儿过生日的时候,我好好做了一顿。她说;“生日是应该感谢父母的日子,我应该做饭”。不过她上学回来就6.7点钟了,没时间做饭。 听了这番话,已经让我感动不已。 娘が誕生日だからと、晩ご飯は一生懸命作った。そしたら「誕生日っていうのは親に感謝する日だから、本当は私が作るんだよ」と。学校から帰ってくるのが6時7時で、ご飯作る時間なんてありゃしない。でもこういう言葉が発せられて、溢れる涙を……(いつもの誇張じゃないからね)。 誰が育てたの?こんないい子に。 |
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昨晩ご飯も食べず、18時に寝て、今朝6時に起床。眠れる森の微魔女と呼ぶがいい。あれ?「び」の漢字が微妙に違う気も……。
美術館の続き。 美術館の観賞を終えて、昼ご飯は徒歩3分の「刘宅食府」へ。2008年に『無敵の北京』という本を手にしてから、ずっと行きたいと思っていた。 四合院でいかにもガイジンが好きそう。メニューにおすすめって書いてあるから頼んだ「茄子肉卷」は味が何か物足りなかった。「香椿鱼」は魚という名前なのに、魚は入っていない(注文するとき確認したけど)。中華は大勢で行かないとね。 昼食を終えて、北へ。钱粮胡同を東に。 入っていきなり「朋友の居酒屋」。ぐるなびにあって、ビックリ。文章見て、さらにビックリ。「日本料理には2種類あって、一つは大衆料理、もう一つは宴会料理です」←誰が決めたんじゃい!! さらにちょっと前進して、右の細い道に入ると、看板のない、でも繁盛しているベトナム料理がある。一緒に行った妹妹が行ったことないというので、見に行った。 この中を入る。SUSU(大众点评)。写真はここへ。店の雰囲気はとても良い。 さらに東へ進むと、「朋友の居酒屋」パート2。おいおい、何軒あるんだよ、こいのぼりー! もっともっと東へ進み、「钱粮美树馆」といういい感じのカフェへ。 北京のカフェは統一価格?コーヒー28元、ラテ32元。どこに行ってもこの値段。安くないよなあ。 さらに東へ進んで、轿子胡同を南に下ると、1940年から1950年まで孟小冬(梅兰芳の三番目の奥さん)が住んだ轿子胡同6号8号がある。孟小冬については、映画『梅兰芳』や、中国人のブログ「Topics-China 熱点中国」(日本語)を見るとよい。 『孟小冬』という著書のある花映红が、孟小冬故居に1000万元かけて修復し、女主人となり、2005年に轿黄府とした。 钱粮胡同に戻り、さらに東へ行くと、『然』という和食屋がある。通ったのは3時頃で仕込み中だったが、店に入り「メニューを見せて」と言うと、「ありません」。なぜなら「798元のコースしかないから」。え?798元のみ??営業も夜のみ。一生縁がないだろうなあ。 东四北大街に出る。後ろを振り返る。この日の妹妹との密会終了。 (百度百科より)钱粮胡同,明朝属仁寿坊,称钱堂胡同,因明时钱局设此而得名。在胡同中间路西,有一所老宅,章太炎曾在此居住过。辛亥革命后,袁世凯为笼络章太炎,给了他一个“东三省筹边使”的头衔,不久,章太炎便借故辞职。为抗议袁世凯的幽禁,章太炎还宣布绝食。袁世凯称帝后,章太炎以七尺宣纸书“速死”二字悬于壁上,以示与袁不共戴天。鲁迅先生曾四次到钱粮胡同看望章太炎。章太炎在此住了大约两年,直到民国五年(1916)六月袁世凯死去,才恢复自由。 銭糧胡同は銭堂胡同とも呼ばれ、明の時代に钱局(造幣局)があったことから、この名が付いた。ここには章太炎(どんな人かはwikiへ)の住まいがあって、袁世凯に幽閉されていた。袁世凯の死去により、章太炎は自由の身となっている。 このあたりの昼ご飯の候補(行ったことないが)・云南味道(东四地铁站A口) ・茶花妹子云南餐厅(近张自忠路)・饺子坊(近张自忠路) 妹妹へ:中国初の民間食堂「悦宾饭馆」。北京最初の私営食堂の今と昔。 今回行く前に予習した中国人のブログ(中国語)→「钱粮胡同的前世今生」。 地図はクリックして拡大可 A 地铁“东四”A口 B 隆福大厦 C 中国美术馆 D 刘宅食府 E 朋友の居酒屋 F SUSU G 大学士耆英宅 ……耆英,1790年生,爱新觉罗氏,满洲正蓝旗人,字介春。父禄康,嘉庆间官东阁大学士。以荫生授宗人府主事。历任副都统、侍郎、将军等职。一贯主张投降媚外。後に、上記の章太炎が住んだ場所。 H 钱粮美树馆 I 孟小冬故居 J 然寿司 |
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中国美術館で「黄宾虹」の生誕150周年の展覧会を5月10日までやっている。ものすごーーく有名な画家だから、観ようと思った。
でも、水墨画は1枚見ても、5枚見ても、10枚見ても、私にとっては同じ。 書家でなく画家だけど、字はやっぱり上手いなあ。 ただ作品が並べてあるだけじゃなくて、こうやって、画を描く順序を大きく表している。これはどの作品なのかと、館員に聞いたら、「知りません」。おいおい!職業意識がめちゃ低い。 あと、私はここに注目した。 上の字の部分だけ拡大。あれ?印、曲がってるよ。 横に貼ってある説明。作品のタイトル、材料、サイズ、年代だけじゃなくて、なんていう字なのか釈文(款识)が、そして印もなんて彫っているのかがタイプされている(铃印)。これは非常に有難い。 毎年二回ある故宮の書画館の特別展に、私はみどり軍団を率いて参観に行くが、その前にちゃんと自分で予習して、資料も印刷している。故宮のサイトにはすべての作品の写真と丁寧な解説、釈文もある。中国美術館はサイトにはないが、このように作品の横に貼ってあるから、それを見ればいい。文句を言いたいのは、国家博物館だ。昨年末から書道のすんばらしい常設展が始まったが、HPがお粗末。私、篆書、草書全部読めないもん。せめて作品名だけでも、リストアップするべきだ。正式に抗議しようと思っている。 今回は黄宾虹の個展なんだけど、思いのほか、王铎の作品があった。え?本物??って二度見したわ。王铎なんて超超超有名な書家(1592年-1652年)。黄宾虹が王铎を臨書した作品が展示してあって、参考ということで、すぐそばに展示。ああ、来てよかった。 1階のメインの会場は中央美術学院の油絵の先生、马常利の個展。「自1960年代始远赴青海、西藏高原、大庆油田,1970年代至新疆、深入太行山腹地,也在北京郊区、河北、山西、河南等多地写生创作雄浑气魄的北方风景,1980年代至1990年又多次到南方写生」。いろんなところへ行っているから、それぞれの景色を楽しむがいい。 あ、明日で終わりだ。観に行けない人はHPへ。 最後に、おとといで終わっちゃったけど、ついでに観た書道展「刘艺书法脉络展」。刘艺は有名な現役の書家。20年くらい前に会ったことある。作品はここから。 これツッコまざるを得ない。これは日本で売られているかなを書く紙。別に漢字を書くのは構わない。右に商品名「きりつぎ色紙箋」って書いてあるのは印刷。私、検索しちゃったよ。楽天市場でここへ。10枚770円。中国人はこの作品をどう観賞するんだろう? 《昼食へ続く》 |
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昨日の続き。 「隆福寺街」という通りの名は「隆福寺」があったから付いた。このあたり、元の時代から栄えていたんだって。「东四西单鼓楼前」という言い方があって、东四、西单、鼓楼、前门が繁華街であることを指す。今日知ったんだけど、その童謡があるのよ。♪东四~西单~鼓楼~前♪北京大好きなヒトいるでしょ。私と人種が違うっていうか。そういう人のために、どうぞ→酷我音乐 歌詞は短く、「东四西单鼓楼前 九坛八庙颐和园 东岳西顶白云观 隆福白塔列两边」。七言絶句じゃないのよ。 で、「隆福寺」だけど、以下緑色の字は百度百科より。 隆福寺街,明代属仁寿坊,称隆福寺街,因此地有隆福寺而得名。清代属正白旗,沿称。“文化大革命”中一度改称人民市场街,后恢复原名。隆福寺,元代此地为东崇国寺。明景泰三年(1452年)景帝下诏在东崇国寺址兴建大隆福寺,为朝廷香火院。其寺气势宏伟、巨丽,庙门两进十间,飞檐彩饰,白石台栏,是一座有三世佛殿、三大处士殿、藏经殿、转轮殿、毗卢殿、大法堂和僧房等五层大寺院,时称京师巨刹。雍正九年(1731年)重修后,更加雄浑庄肃,葺旧如新后,香火极盛。雍正、乾隆都为这座寺庙写过碑文和匾额。每逢庙市,百货骈阗,与护国寺并称东西两大庙会。光绪二十七年(1901年)一场大火烧毁了隆福寺第一层大厦,此后,庙会虽未中断,但寺院香火从此断绝。 1952年在原庙市空场上建成一座总面积为6800平方米的大型摊贩市场,命名“东四人民市场”,由董必武题匾。1988年东四人民市场上建成了当时北京最大的百货商场,共有10个营业大厅,营业面积1.6万多平方米,有商品3.5万多种更名为隆福大厦,由薄一波题匾。隆福寺街已成为京城商业密集的购物中心。 一部日本語訳されているので、知りたいヒトはここへ→「東廟隆福寺」。 火災に遭って、お寺はなくなり、1988年、北京で一番大きなデパートが建った。フロア総面積1万6000平米(うちのアトリエより広い!←当たり前だ)。留学時代、私は行ったことがある。でも、その頃の王府井の「百货大楼」レベル。垢抜けないデパートで、買いたくなるようなものは何一つ売っていなかった。 1993年にも火事があって(って、火事に遭いすぎ!)、2004年から営業停止。あんないいロケーションの、あんなデカい面積を10年以上も営業させていなかったって、やる気ない?今年に入って、「隆福寺改造3-5年内完成」とニュースになったが、まさか「隆福寺SOHO」なんて作らないだろうなあと懸念する次第だ。 古~い写真が見たい人はwiki(中国語へ)。もしかして、中国語の百科事典としては百度百度よりwikiのほうがいいのか?比べて見てよ。wikiと百度百度。 あと、日本語で調べたら、興味深い記事を書いているヒトがいるじゃないか。丸投げだ。「隆福寺をめぐる都市伝説」。 このあと、中国美術館へ。明日に続く。 |
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地下鉄「东四」駅に着いて、地上に上がったら、こわいおじいちゃん軍団がいた。ぶっといチェーンをぶんぶん振り回して、地面に叩きつけている。これは新しい健康法か?とっとと隣のスーパーのガラスにぶつけて、「ああ、ここでやったらいけなかったんだ」と気づいていただきたい。 「隆福寺街」は全长632米,宽7米の広くない道路で、私が知っている90年代は両側に小さいお店がたくさんあって、今の西单くらい買い物客で賑わっていた。私が留学している頃、ダンナの妹がここで靴を売っていた。英語が多少できたので、外人が来ると、重宝されていたなあ。 え?えぇえええぇぇぇええ?あ、あれはかつてのデパートメントストア? このあたり、朝だけ市場になっていると聞いていた。私が通ったのは10時20分で、本当に今まで野菜、果物を売っていましたと言わんばかりのゴミがここかしこに散らばっていた。 デパートメントストアの目の前に来て、感慨深くなる。敏感な人物の書いた看板だけが残っているのも痛ましい。 今でも多少、モノは売っているが、買い物客はほぼいない。 正面に見えるのが「中国美术馆」。 《続く》 |
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おとといの続き。『边城汉子』というドラマのいやらしい場面について、ネットでさんざんツッコまれていた(のが1週間くらい前)。百度の「边城汉子」のキーワード候補に「第9集4分38秒」があるくらい、注目のシーンだ。4分38秒あたりから見るがよい。そもそも抗日かどうか以前に、ダメでしょ。こういうお堅い国で。 このところ、抗日ドラマは結構「それおかしい」とツッコまれている。抗日剧中的那些雷人台词(抗日ドラマのビックリなセリフ)←中国語がわかる人は見てちょうだい。たとえば、写真三枚目「我爷爷九岁的时候就被日本人残忍的杀害了」(私のおじいちゃんは9歳のとき、日本人にひどい殺され方をしたの)←「莫非你爷爷九岁前就生下了你老爸?」(おまえのじーちゃんが9歳になるまでに、おまえのとーちゃんを生んでいればね)と、書かれる始末。 ほかにも、「機関銃で八百里でも撃てる」←北京からフフホトが435キロだから、そのくらいの距離?続いて、(銃を持ち)「对,咱们就打鬼子的腿」(鬼子の足を撃ってやる)。「既然能打这么准,为什么不打头?」(八百里でも撃てるのに、なぜ頭を狙わない?) 次の話題。 中国では違法で見放題の日本のアニメ、ドラマだったが、数年前からかなあ。少しずつ見られないように規制は入っている。そこへまた大規模な取締があり、具体的にはここへ→「文化部整治暴恐动漫最新黑名单曝光」。私はアニヲタじゃないから知らないのが多いけど、日本のばっかりだよね。確かに気持ち悪い、グロテスクなアニメあるな。戦う、つまり暴力シーンも少なくない。まあ、この国、お堅いからしょうないかとも思う。でも、ここのコメントに「鬼子が出てくるのは血と暴力じゃないんですか?」とナイスなツッコミも。批判的なコメントが多く、文化部(日本で言う文科省)を罵ってるのもある。消されないのがスゴイとそんなところに関心するアタシ。
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