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卒業式は、中国のいかにも司会者といった抑揚の先生の「现在开始」で始まった。 初めに、スクリーンに1年生から3年生までの校内、校外活動の写真が映し出される。在校生も含めて、「ああ、あれあったなあ」とみんなが懐かしむ。笑う。 それが終わって、担任が卒業生の名前を読み上げる。次の挨拶は校長。 次は父兄代表。韓国人のお父さんが韓国語で話し、卒業生である娘が中国語に訳す。在校生代表は二年生の可愛い子だった。中国語はまあまあ上手い。 スピーチを聞き続けた後は、スクリーンに1年から3年までの先生がどんどん出てくる。「卒業おめでとう」の嵐。すでに退職した先生やらも出てくるので、再び「おおおおぉぉぉおおおお」と盛り上がる。 その後は卒業生ひとりひとりの写真が映し出される。小さい頃から10枚くらい家族と写っている写真を事前に送ってあって、父兄に感謝する時間。 4月に担任から連絡があって、「両親とも1分ずつくらい贈る言葉を録画して、私に送ってください」と。「くれぐれも静香にわからないように」とも。1分、長い。私、すべて日本語で15秒くらいしゃべった。担任の返事は「おとうさんは学校への感謝の言葉ばかりで、子どもへがありません。おかあさんのほうは子どもに向けて言っていますか」と。私はまあ一応言っていますと答えた。親はたいてい外国人だから、自分の国の言葉で話し、それを下級生が訳したのだろう。ちゃんと字幕が入っていた。そしていろんな国の言葉で「我爱爸爸妈妈」。 そして父兄を舞台に出す。え?私も?そして子どもが来て、自分で用意した花とプレゼントを渡す。スウォッチとかMUJIの紙袋を渡していた子もいた。我が家の娘は花一輪×2と自分で作った大きな封筒。手紙が入っているんだなと思った。それぞれ贈呈。だめだ。涙腺が。 前日、当日友人複数から「卒業式、絶対泣くよ。3年間を思い出して」って予告されていた。私は3年間が走馬灯のように思い出されたのではなく、目の前にいる娘が親思いであることが嬉しかった。先生、卒業生、在校生、父兄、こんなにたくさんヒトがいるのに、ボロボロ涙が出ているのは私一人だった。カッコ悪いったらありゃしない。そして、プレゼントを受け取って、記念撮影。カメラマンが私を撮っているじゃないの。やめてくれ。でも、俯かなかった。でもでも、本当にカッコ悪い。 父兄が席に着いて、卒業生の出し物の時間なのだが、歌を歌うだけ。こういうとこ、工夫がなさ過ぎだ。 在校生が卒業生に花束贈呈。記念撮影して、終わり。ちゃんちゃん。 私が中国っぽいなと思ったのは、北京大学確約の子はすごいを何回聞いたか。留学生試験の結果がすべて出てないうちに卒業式があった。正確に言うと、筆記試験は合格しているが、面接がまだ終わっていない子もいた。面接で落とされる可能性はあるのに、今年の卒業生は全員大学に合格したと堂々と言う。結果的に全員合格したんだけど、あの時点だと、嘘になる可能性もあったのに。 というわけで、無事卒業したよ。6+3+3。12年が威風堂々と、私の涙を伴い、過ぎ去った。 PR |
お疲れ様でした、本当に。
【2016/06/25 13:23】| | 功夫man #7f4d0fde2c [ 編集 ]
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上は外国籍だから、まあ比較すれば、ラクですよ。それでも、高三の一年間は留学生入試に向けて、夜も授業あったし、タイトでした。2年後は息子の受験。大名鼎鼎的高考を受けるんですよ。恐ろしーーー!あ、でも中学のときと違って、学校からの呼び出しがなくなって、我很高兴。
【2016/06/26 03:36】| | みどり就好像酒一样(酒のように) #4dab705303 [ 編集 ]
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