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涙が出るようなコメントを昨日されちゃったな。そのコメントの背景を補足をしておく。
私が結婚したとき、私は北京の美大で書道留学していた。中国人って学生は結婚しちゃいけなくて、ダンナはとっくに卒業していたけど、私のほうは先生に「うちの学生です。結婚していいです」みたいなこと一筆書いてもらったよ。外国人なのに。本科生(学部生)でもなかったのに(进修生という1年で終わる課程。それをその美大で2年やった)。 ダンナは大学出て、国で「分配」されて、国営企業に勤めたが、まじめに出勤しなかった。「そんなに仕事しないならクビだ」と言われて、「いいよ」とか言ってたらしい。91年時点で月給が100元にも満たない仕事しなくても、絵を描いて、あとは内装とかもやったことあるんだよな。そっちのほうでもっともっと収入があった。 ところがよ。結婚の手続きをするのに、そういう「单位」に属していない人は受理されないわけ。結婚の手続きに職場の証明書が必要で、仕事に行ってないけど、書くのはその職場。当然といえば当然だが、「あんたみたいに仕事してない人に書類は出せない」って言われたの。 でも解雇されてないんだから、その職場が書くしかないわけ。100万回くらい通って、最後やっともらえた。 当時「东四」にあった(んだよね?マリズさん)民政部に行って、無事受理されたとき涙が出た。それは「この人と結婚できてうれしい」じゃなくて、面倒な手続きが終わったことにほっとして。もうそこに至るまであまりにも大変だったから、途中結婚やめようかなと何度も思った。 95年4月に結婚して、7月に私の留学が終わり、9月から北京で働く予定で、夏に一度ダンナを日本に連れて行くことになった。そしたら今度はパスポート取得という厚い壁にぶつかる。ダンナは初めて外国へ行く(初めてパスポートをとる)わけだが、これにも「单位」の証明書が必要。結婚は認めたけど、外国は行かなくていいだろって、書類を出してくれなかった。以上。続かない。 業務連絡:yukiyama嬢へ 結婚証を取得した日、寮に帰ってからのことは覚えてないなあ。ごめん。ダンナが「結婚すると何が大変か分かるか?それはな、すぐに離婚できないってことだ」って言ったのも覚えてないなあ。でもいかにも言いそう。アナタの記憶力に敬服!だ。 PR |
当時は、本当に大変だったよね。でも、我々より(私が書類を持って訪中、旦那は北京で準備し、東四(加州牛肉面店の路地の奥)の北京市民政部へ出した)、みどりさん達のが大変だったかも。
あの民政部は東四から、工人体育場の方へ移転しているみたい。必要な書類も減ってる。 単位の許可も要ったし、両親の同意書も要ったな、あと婚前体检も必須だったよね。 いずれにしても、結婚の喜びより、手続きから解放された~という気持ち大っていうの分かります。次の日から夫婦で熱出して寝込んだもの。
【2011/09/25 10:48】| | マリズin秋の農村 #5804baaddf [ 編集 ]
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そうか、単位がちゃんとあるようなヒトで熱出したか。健康診断書出すってことは病気のヒトを結婚させないってことでしょう?当時ひでー国だなと思ったよ。
【2011/09/26 10:09】| | みどり表兄妹10年“夫妻”被判无效 #55ff3db283 [ 編集 ]
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