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一時帰国の日程はいつも直前まで決まらない。子どもが幼稚園のときから、春節休み、夏休みの日程が知らされないから。
予約するときに、一番安いのを買う。昔はアメリカの飛行機が1番安かった。21世紀の今は北京からアメリカへ行く飛行機で、成田経由がない。 アメリカの飛行機に乗れなくなって、安いのはだいたいCAだったので、日系に乗ることはほぼなかった。 今回たまたま安かったので、JALだった。行きの飛行機の中で、ダンナが、 「今度から絶対JALだ!」と私に言った。何が気に入ったのでしょう? PR |
今回二週間以上ニッポンにいたダンナだが、私が本気で怒ったのは、生配信をしていたこと。
あれって若い人がやるもんじゃないの? 友人の車の中で。 大地の芸術祭にて。 日本海をバックに。どうだ、みろ!これが800円! 詳細は北京に戻ったら。 |
一時間でアップできるか。今7:34。
友人一家がアトリエに来て、ご飯を食べに「老院子」へ行った。店名が「紫藤樹餐館」に変わっていた。 (数年前撮影) 暖炉がなくなっていた!このあたり、(新)北京市政府から6キロくらい?今年に入って、ここらへんのレストランが全部チェックされて、閉店した店も結構ある。営業許可証がなかったんでしょうね。この店も一時閉鎖していた。ここで石炭くべて、煙出していたからな。そうか、これがあったから、撤去するまで営業停止だったのか?? 5人で120元以下。 ダンナはいつものとおり、おつきあいいただけず、足(車)もないので、食後は徒歩で散策。このあたり無数に美術館、画廊がある。大手に電話したが出ない。秋に年一度の芸術祭があるときはどこも開いているが、やってない時間のほうが非常に長い。 そこで「国防艺术区」へ行ってみた。ダンナは友達も多く住んでいるし、頻繁にこのあたりに出没しているが、私はアトリエに行ったら、ばあさんのご飯を食べるのみで、ほぼ出ない。国防艺术区の中の展覧会へ行ったのは10年くらい前なので、増築されすぎていて、どこがどこだがまったくわからなかった。 敷地正面にデカい「國中美術館」。向かって右に入口があるが、外から見ると展覧会をやっているふうではない。でも、中に人がいるのが見えて、重いドアを開けると、展覧会をやっていた。外にチラシでも貼るべきだ! 電気が点いていなくて、私たちが入ったら、点けてくれた。 閑古鳥。どうやって儲けているのだろうか? 外を一周。 ここの地名「小堡」と彫られていた。 池あり。この左右にカフェ、茶館みたいなところがあったが、開いていなかった。 さらに進むと、カフェがあった。 一周して、何人もすれ違わなかったくらい、閑散としているエリアなのだが、この中は人口密度が高かった。 入って来たほうに戻る。両脇は「工作室」。個人のアトリエ。 村の大きな美術館が開いてなくても、ここ一周散歩するだけでも楽しい。 以下、国防艺术区関連。 ・你想象不到的美,宋庄国防艺术区 写真が多い。そうそう。こんな感じ。 ・国防艺术区影棚低价出租 これうちのダンナに見せるべし!映画の撮影で使う場合の料金 ・大众点评 書き終わった。8:28。途中コーヒー淹れたり、写真が全然アップできず時間を多少ロスしたが。 |
昨日の夜、晩御飯が終わってしばらくして。
ダンナ:隣の箱とってやった 私:え?何? ダンナ:隣のうちの箱をはずした 私:何の? ダンナ:牛乳だか新聞だか入れるのがあるだろう。あれをとってやった 私:え?えええ?だってうちのじゃないよね ダンナ:隣のうちは使わない 私:(あまりにも勝手な行動に一人で大爆笑)そんなのわからないじゃない! ダンナ:だいたい今、牛乳や新聞をとっている人はいない 私:(引き続き笑いつつ)いやいやいやいやいや、わからないじゃない! ダンナ:誰もとらないよ 私:(笑い続けて)いやいやいやいや。牛乳は夏はとらないけど、冬はとるってことかもしれない ダンナ:影响我的视线 私:(笑いが止まらない)いやいやいやいや。いつ外したの? ダンナ:2分前 そうだよね。なんか外に出ていたなと思ったけど、外して、階下まで降りて捨てに行っていたとは。 現状。 何も言うまい。 |
中国語でわからないことがあると、私はネイティブの家族には聞かない。ダンナはメンドくさがって「子どもが2人もいるんだから、そっちに聞け」と言うし、子ども達もメンドくさがる。他人の方がいいのよ。私には現在「互相学习」をしている中国人がいて、その人は日本語勉強中だから、お互い気兼ねなく質問する。そして日本語/中国語の、日本/日本のニュース、ネタ、記事を送り合っている。
先日あちらから来たのは、画家村についてだった。うちのダンナがいる画家村が北京で、いや中国で一番大きいが、ほかにもたくさん画家村はある。それがどんどん消されている。 北京近万名艺术家面临外迁 この記事にある写真、うちのダンナのじゃないか。しかも90年代。 ダンナに送ったら、「北大三角地展览」という返事がきた。私が知り合う前。 たまにしか会わないが、戸籍上は夫婦だし(どうよ、この言い様)、久しぶりにちゃんと紹介しておくか。先日、アトリエに行く人が(予習として)「ご主人のHPはないんですか」と聞いて来たが、ないんだよな。そもそも最近、絵を描いてない。筆で字は書いている。 昔のだけど(ここで紹介したことがあるけど)以下挙げておく。 宋庄前卫艺术家王强:艺术参照生活 「奥さんは日本人書家で」はいいけど、写ってる女性も字もどこの誰の何かわからないといういい加減な編集。だいたい私はあんな中国人の字書かないよ! さて、連休だったので、アトリエに行って来た。ばあさんネタないよ。でも明日ちょっと書く。 |
1. 増えた家族はこいつ。
ダンナの友達が生きている鶏をくれた。これ、じいさんが〆るらしい。 2. これはなんでしょうか。 犬にえさをあげるとき、たらいを使うのだが、二つあって、大きいのは水。小さいのはドッグフード。私が気がつくと、大きいたらいの水は凍っている。ひっくり返してガンガンって床に叩いて出て来たのが、上の白い丸。 氷を空けて、水を入れてあげる。餃子や麺を茹でたお湯をあげたりもする。 じいさん、ばあさんはこういうところ適当だから、犬は気の毒だ。 |
昨日の夜、我が家の中国人の皆さんで爆竹を放つかどうか相談している。じいさん、ばあさんは行きたくない。義弟、自分で買ったし、是非やりたい。ダンナ、どっちでもいい。ここは六環路の外なのに、村の中でも爆竹花火の禁止地域があって、うちはダメ。一軒一軒「ダメあるよ」の張り紙までされている。だから例年のように庭でできない。
やるならそこから5キロくらいで着く河北省へ行く。じいさんも弟も夕食時にお酒を飲んだ。それで必然的にダンナが運転して行くことに。ばあさんは早くも20時には横になってしまった。なぜなら「午前中雍和宫へ行くのに3時間も並んでやっと入れた。疲れた」。それで残りのメンバーで河北省へGO! 北京ナンバーの車ばかりだったよ。 柵の向こうは潮白河で、河を境に向こう側が北京。この河北省側で爆竹、花火がどんどん放たれ、音とともに明かりが輝いていた。花火も打ち上げから、手に持つのまでさまざま。中国らしいなと思ったのは、ダンボール等の紙類を集めている人。売るためだよね。 すぐに終わって、アトリエに戻る。私にとってアトリエは自分の家ではないので、何もする気が起こらない。マイ筆も読む小説も持ってきたのに、昼寝を1時間したのに、睡眠時間が9時間。眠れる森の美女かっ! 朝起きて、散歩。前日花火をした対岸(北京側)へ。 犬の散歩をしている人もいる。 釣りをしている人もいる。 アトリエでのご飯は毎日義弟主導。私は一品だけ作るようにしているが、冷凍庫の中がいっぱいなので、肉を出して、天ぷらにした。私がもう後1.2分で揚げ終わるかなというとき、ばあさんが「大丈夫」って、火を消しやがった。揚げ物したことないのかよ。いや、あるけど、火がMOTTAINAIから、いつもこんな感じ。だいたい、揚げ物したあと、キッチンぺーパーに置かず、皿にそのまま置くし、常識が違うから。 昨日、雍和宫に行っている留守中、私はいろいろな物を捨てた。餃子を作り終わった具のボウルに汁が残っていた。餃子の具は包むときに、白菜の水分なんかが多くて水っぽくてもそのまま使う。個体じゃなくて液体なんだよ。それでも栄養を捨ててはいけない(なんでも捨てない)から、それを包む。 餃子が作り終わって、具もすべて使い終わって、水分だけがあるんだけど、それを次の料理に混ぜる。前日の、しかも生肉が入っていたボウルだよ。気持ちよくきれいに洗った。 あと、じゃがいもの水!中国人がじゃがいもを炒める時は、デンプンが多すぎて鍋につくとイヤなので、水に漬けてきれいに洗う。そのときの水がとってあった。このデンプンを再利用するんだな。でもこれ何日も何日も長いこと使うから、私が捨てた。 お菓子の袋も食べ終わったあと、何かを入れる時のためにとってある。とにかく台所が汚いから、かなり始末してさしあげた。 私は今日の夜には市内に戻り、またすぐアトリエに戻ってくる。自分の家の空気を吸わないと、死んでしまうかもしれないから。 |
今日の日本時間0時、つまりこっちの23時に餃子を作り始めた。本当はもうすぐ24時というときに食べるんだけど、息子が眠いと言い出し、餃子は食べないわけにはいかないので(by中国人)、早めに食べることに。
ばあさんの館へ行ったら、案の定テレビの音量が映画館。同時に、微信でアメリカにいる義妹と顔を見ながら通話中。義妹は声も大きいし機関銃。テレビも人の声も共にうるさすぎる。とっとと餃子食べて去りたい。 私とばあさんで包んでいたら、じいさんが「はい」ってコインを洗って出してきた。6個もかい!これを餃子に入れ、当たった人はこの一年の金運がいいという、迷信嫌いな共産党の意に反する行事だ。 私ったら今年も当たってしまったーーー!全然嬉しくない。だって去年も一昨年も当たったよ。私、大富豪になってない。現実味がない。気持ち悪いという現実だけがいつまでも心に残る。 春晩(大晦日の番組)はみんな見たのかな?私はずっとパソコンをつけていたが、北京関係の本を読んでノートに書き取るということを同時にしていた。プログラムはネットからそのままコピーして記事にしたけど、順番違っていてごめんちゃい。出演者も3人のはずが2人だったりした。交渉の段階のがネットに出回ったのか??ツッコミたい部分がかなりあったな。後日記事にする。 今回は爆竹が買ってあったが、餃子を作って、もう疲れちゃったのか、爆竹好きの義弟は「今日はやらない」と言った。あれはいつ放つんだろう? 市内と違って、爆竹やっていい地域なので、0時から音は鳴り続けたが、例年ほど「うるさい!寝られないじゃないか!」ではなかった。 そして今朝。餃子が残っているに決まっているので、それを朝食とすることはわかっている。ダンナが「お粥作って」と。あれがないと死ぬから。台所へ行くと、ばあさん、じいさん、義弟は食べ終わる頃だった。 私:王強がお粥食べたいっていうので作ります じいさん:粟にしなさい。早くできるし。あと、米より粟の方が栄養が高いんだよ 事の真偽は知らないが、米からお粥作ったらかなり時間がかかる。ダンナは絶対白米のお粥がいいが、やってられないので、粟にした。 朝食を早く終えた三人は雍和宫へ向かった。今日なんて人多いのによく行くよ。「お昼は自分たちで食べなさい」とばあさん。いないと好きなものを食べられるんだけど、ここは郊外。野菜、肉、調味料。自分の家じゃないからいろいろ不便。ダンナが張り切って、「コメの粥。餃子を焼こう」。 三食続けて餃子か。春節の醍醐味だよなあ。私は粥の水加減などうまくできないから、すべてダンナがやってくれた。 ばあさんもダンナもそうなんだけど、フライパンに油を敷いて、餃子を並べた後すぐ水を入れて蒸す。水分を飛ばしながら焦げ目を付ける。私なら先に焦げ目をつけて、後から水を入れて蒸す。 後ろが焼き餃子。手前はどこで買ったか忘れたが、この家では好評の辣椒。昨日エビチリを作るのに、豆瓣酱を持ってくるのを忘れ、これを入れたが、味に問題はなかった。レシピはクックパッドでここ。グルメでいらっしゃる息子の評価は「もうちょっと砂糖とケチャップを入れてもいい」。確かに日本のエビチリはもっと甘いと思う。調味料は量らないで適当に作ったが、美味しくできたと自負している。 さて、昨日の記事に書いた氷の上を滑る工具ね。ちゃんと写真を撮ったよ。单腿驴って言うんだって。私はその存在さえも知らなかった。ダンナは黒竜江省出身でしょ。河が凍るとこういうので遊んだって。これお手製だよ。 ひっくり返したところ。 最後にクイズを二つ。 1. 増えた家族は誰でしょう? 2. この白い物体は今も庭にあります。いったい何でしょう? <アトリエネタ、いる限り続く> |
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