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前程遠大
 南锣鼓巷の駅で待ち合わせて、北へ歩く。平日でも相変わらず人が多いな。家賃はどんどん騰がっていって、店もどんどん変わっていく。


 「ソフトクリームの上にわたあめ」が一部の若い子達の間で流行っているんだって。28元もしやがる。店の前にいる人を何気に盗撮。



  中央戏剧学院の目の前の北平咖啡(大众点でグリーンカレー(45元)。

 鼓楼东大街を越えて、北锣鼓巷へ。こっちは静かだ。道の両脇にカフェ等の店がまばらにある。







 秋刀魚の」(大众点评)という和食屋を一緒に行った友人は知っていた。


 华丰胡同を西へ。


 豆腐池胡同につながっていて、さらに西へ。鼓楼中医医院という病院がある。


 引き続き西へ。私の持っている2010年の地図(本)に「毛泽东故居」と書いてあるが、ここには「杨昌济故居」と書いてある。杨昌济毛泽东の妻杨开慧の父。

    杨昌济(18711920),湖南长沙县人,伦理学家,教育家。先后留学日本、英国,主攻教育学、哲学、伦理学。1913年后回国任教于湖南省第一师范等校。支持新文化运动,介绍西方哲学、伦理学、教育学思想,提倡民主与科学,宣传新道德。关心毛泽东、蔡和森、萧子升等一批进步青年。参加筹备湖南大学。1918年后任北京大学教授。
  
     1918年毛沢東が湖南省から北京へ出てきて初めて住んだのが、恩師である杨昌济のこの家。


   胡同原以赵府街为界分为两段,明代,称东段为“豆腐陈胡同”,因胡同内有一陈姓豆腐作坊而得名;西段名称不详。清乾隆时,东段称“豆腐池胡同”,或因“陈”、“池”音转,或因豆腐房易主,不得而知;西段称“清净寺”,因胡同内有一座清净寺而得名。宣统时,胡同东段称“豆腐池”,西段称“娘娘庙”;光绪年间已将“清净寺”改建为“宏恩观”,俗称“娘娘庙”,胡同因之而得名。1947年,胡同东段称“豆腐池胡同”,西段称“娘娘庙胡同”;1965年整顿地名时,将“娘娘庙胡同”并入“豆腐池胡同”;“文化大革命”中一度改称“朝红胡同”,后复称“豆腐池胡同”。

    豆腐池胡同は元々は二つに分かれていた。明代は陳さんという人が豆腐を作っていたことが有名で東側を「豆腐陈胡同」、西側は不明。清の乾隆帝の時代に東側を豆腐池胡同、西側を清净寺と呼んでいた。宣統帝の時代に清净寺宏恩观、俗称娘娘庙となった。1947年、東を豆腐池胡同、西を娘娘庙胡同1965年に娘娘庙胡同豆腐池胡同に吸収された。

 西へ進むと、「宏恩观」。








    宏恩观的所在地本是元代千佛寺旧址,明代改称清净寺。刘诚印,河北东光县人,道号素云子,曾为慈禧身边的二总管。修此观为其退休养老之所。清末赫赫有名的太监小德张也曾经在这里养病,因此也有宏恩观是大太监小德张的家庙、祠堂之类的讹传。1923年,紫禁城里的一千多名太监被驱逐出故宫,这里就成为是这些太监离开紫禁城之后的容身之所,特别是在伪满洲国时期,常常有太监因为溥仪性情暴躁、待人蛮横而逃回北京,这里便成了落脚之地。
  
元代は千佛寺、明代に清净寺と改称された。清代以降は宦官の駆け込み寺のようなところになった。紫禁城から追い出された宦官1000人が住んでいたというのだから、相当大きいんだな。現在は一部カフェとイベントスペースになっている。詳細ここへ→「」。


  そして钟楼の真北に来て、気づく。朝、友人とこのあたりで会うことに決めて、ネットで見たら、博物館があるのを知る。ちょっと東に戻って、北に上がり、見つけたーーー!その名も「乾鼎老酒博物馆官网


  入場料は29元。30元にしないのは299の発音が[jiǔ]と一緒だから(って誰も言ってないけど、容易に察しがつく)。ここで製造しているわけでもなく、お酒を展示してあるだけというので、入らなかった。


 《次へ続く


このあたりへ行くなら、以下を読んでいくとよい。


毛沢東(日本語wikipedhia


中国近代思想史 6.毛沢東の時代


故居(百度百科)


消失的北京宏恩


宏恩观(中国人のブログ。写真あり
 

拍手[2回]

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【2015/10/22 20:19 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(2)
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有り難いご意見
幸せの
北京散歩〜。

青い空に、黄金色の銀杏の木。
気持ち良さそうです。

古い街並が残っている所には、有名人の故居やゆかりある場所が多いですよね。さすが、都だなぁ、と思います。

北京街歩きシリーズ、大好きです。
【2015/10/24 22:22】| | ペン字修行中 #2957d9f64a [ 編集 ]


寒くても歩きまーーす
友人が立ち止まって「この銀杏の木いい」って。私、ぼーっと歩いていました。彼女と一緒でよかった。鼓楼のあたりが変わっちゃってと多田麻美さんのブログで読んだのが数年前。私は鼓楼大街の地下鉄の駅から鼓楼の大通りが両脇平屋ばかりだったのに、ぶっ壊されて、5.6階の高い建物が建ってしまったのかと勝手に思っていました。そうじゃなかった。今、建設中もありますけど。

友人とは鼓楼のあたりで会うことになって、地図の本を出したら、毛沢東故居ってあるから、どんなところか通ってみようと思いました。今回はあまり予習しないで、帰宅してから調べたんです。行ったとき壁に「毛泽东岳父」とあるから、毛沢東が娘婿に当たる人だとわかる。でも奥さん何人もいたし、どういう背景があるのかなと思った。調べたら、毛沢東の二番目の奥さんの父親(しかも著名人)の家だったとか、その後奥さんがどうなったとか、ちょっと検索しても日本語でいろいろ書いてあるので、勉強になります。この手の記事を書くと、載せる分だけじゃなくて、派生して、どんどん読んじゃうから時間がかかる。中国語を読むのは相変わらず時間がかかるし。中国語をたくさん読まないといけない。
【2015/10/25 09:33】| | みどり独霸作品奖等4部门奖项(作品賞など4部門を独占した) #55feb73f4a [ 編集 ]


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