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行ったのは今年3月。目的は昔ダンナが内装した食堂があったあたりがどうなっているか見たかったから。
西单に用があって、終わって、交差点から南へ向かう。21世紀はデカいビルディングばかりじゃが、ここらへんは高層もなく、ごちゃごちゃした商店街だった。


語学留学していた90年代初頭、↑この左に『ダイヤモンド』というリーズナブルな洋食レストランがあった。

西绒线胡同を東へ。西绒线胡同……坐落在北京天安门和紫禁城之西,拥有以清康熙皇帝第二十四子诚恪亲王之后裔溥霱的府邸为代表的一系列传统建筑,现为中国会、北京香港马会等顶级会所驻址。


なんじゃこれ?と思い、見てみると、「北京中国会」と書いてある。

横に(yù)公府と書いてある(↓クリックして拡大可)

霱公府在西绒线胡同51号。霱公即溥霱贝子绵勋之曾孙。公府是贝子绵勋于同治八年(1869)自安定门内宽街迁出后的新府。

ここは私が留学していた頃四川饭店」だった所だ1959年開業)食べに来た日本人も少なくない。当時、レストランってあんまりなかったもんね。日本人旅行者もここで食べてたよ。


 秘京城四大顶级私人会所不去 ←2013年の記事だが、入会費として「常驻会员入会费为15000美元,每月会费100美元,海外会籍入会费为7000美元,本地会籍为5000美元」と書いてある。まあ、私には関係のない話だ。日本語で検索すると、泊まった日本人もいるし、泊まれなかったがバーだけ利用したなんて日本人もいる。

地の中を見たかったら、中国語の掲示板へ现中国会所


そこから東へ。正面の金属的な山が何かわかるのに、5秒かかった。「国家大剧院」だ。


この左側に1992年頃、今では私の配偶者であるあの男が内装を頼まれた食堂があった。あの頃私は20代の一留学生。カフェならまだしも、食堂へオンナが一人で行って食べるなんて、いったい何を頼むの?打包(持ち帰り)の習慣もないし、当時前を通っただけで、写真も撮らなかった。

 地名は六部口久しぶりに来たけど、この付近は変わっていない。もっと南下すると、ずいぶん様変わりしている。

六部口のあたりを紹介した中国人のブログ。 我爱北京——熟悉的大六部口

 左に曲がると、非常に狭い胡同。名前がわからない。

 道なりに進むと「北京音乐厅」。


 南にバス停があるので、帰途へ。 


 バス停の向かいにレモン専門店があった。珍しいので、覗きに行こうかと思ったら、バスが来たので、乗ってしまった。 

  もう半年たっているから、店はないかもしれない。

  この日のルート。地図はクリックして拡大可。
A.北京中国会 B.储云洞 C.名のない胡同 D.北京音乐厅


おまけ:今ダンナにこの店について聞いた。「云洞だ。店の名前は俺がつけたんだ。储秀宫を知っているか?故宮で美女を入れておくところだ」。いつ店がなくなったのか、ダンナも知らない。

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まぁ、懐かしい
ダダ、ダイヤモンド‼︎懐かしいじゃないですか。この店については、過去、何回かみどりさんのブログに登場していますけどね。それほど、当時の日本人にとって馴染みの深い店だったわけです。
居酒屋兆治もね。

四川飯店、行きましたよ。2、3回は行ったかな?友人の家族が北京に遊びに来た時とか、友人数人と一緒に行ったりとか。
味は特に記憶に残っていません。かえって、大学付近にあった四川料理店のほうが、狭い店にたくさんの客で埋まり、身を縮めながら辛い料理を食べたことの方が記憶に残っています。

92年ころ、20代だなんておかしいでしょ。
小学校低学年の間違いでしょ。
功夫man 2015/09/28(Mon)08:19:09 編集
反応してくれてカムサハムニダ
だって中華以外の店、少なかったもんね。大学から西単までバスで一本で行けたのに、ものすごーーーく時間がかかった。マイカーもなかったし、単位の車だって少なかった。車の台数は少なかったけど、あれはバスの本数が少なかったんでしょうかね?ヒトが多すぎてバスに乗れなくて何台も待って、結局ものすごく歩いたりもしました。

あの頃流しのタクシーもなかったし、白タクは恐る恐る留学生数人で乗ることもありましたね。私、オランダ人、オーストリア人で東直門にしかなかったピザハットへ白タクで行ったことがありました。

大学近くの四川料理、安くて美味しかった。短期留学のヒトが夏に来るでしょう?近くの安い食堂に連れて行ったりしたなあ。

年齢は娘が17なのに、私が18だとそろそろまずいなと気づき(って今頃)、何歳にしようかなと画策中。
みどり而是由自身决定的(自分自身の中で決定される) 2015/09/29(Tue)07:48:24 編集
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