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宋慶齢故居,北蒸肉龍
念願の!(と言っていい)庆龄故居へ行ってきた。私が行こうとするといつも閉まってる。心を閉ざした庆龄最後には私を迎え入れた(え?これ何の直訳?)。でも今、「一部工事中のため、正門は入れず西門から入る」と予習したはいいが、中の東側は入れない。行くならこの工事が終わる522日以降を勧める。


西門入ってすぐにある庆龄生平展”は結構見ごたえがある。




遺品。GIVENCHY,ELIZABETH ARDEN←本物当たり前でしょ!


出ました。宋家の三姉妹。


日本で結婚してるとか、ここの読者なら言及しなくていいんだよね?



結婚時、孫文が贈ったピストル。私の中では有名な話。「孙中山与宋庆龄1915年10月25日在日本东京举行婚礼。在婚礼上,孙中山送给新娘的礼物不是钻戒,不是耳环,也不是什么其他的世俗首饰珠宝,它是一支手枪。孙中山说:“这枪配了二十颗子弹,十九颗给敌人准备,最后一颗,是危急时留给自己的。”」。弾が20発入っていて、19発は敵に、最後の1発は自分のために残しておくようにemojiと言って渡したという。

19496月,全国解放指日可待,毛泽东、周恩来亲笔写信邀请宋庆龄赴北平参加新政治协商会议。宋庆龄见信后,非常感动,欣然同意参加中国人民政治协商会议。在第一届政协全体会议上当选为中央人民政府副主席。中華人民共和国副主席を務めた。






庆龄生平展”の建物を出て、主楼へ。



中は一部写真撮れない。天井高い。うちのアトリエより(おいおい、負けず嫌いもほどほどに)





中学の遠足がたくさん来てた。ちょうどお昼時で、新聞紙広げて、ソーセージ、パン、クラッカーの類を食べていた。今、ここより東に行けない。



入ってきた西門から出て、本来空いているはずの正門を通る。また、来るぜ」。庆龄に囁いた。



前回通って「次来たとき絶対食べてやる」と誓った北蒸肉へ。私、やってないのかと思ったんだよね。それほど静か。恐る恐るドアを開けると、やっていた。



大众点评の評価は高い。たとえば、「北蒸肉龙从宋庆龄故居出来 至九门小吃 九门小吃里人迹罕至 门可罗雀 随即继续往前出胡同 马路对面有炙爱北京 往回走至北蒸肉龙 北蒸肉龙在大众点评网上的评价不错 诸如小时候的味道等等 所以午餐就选择在此了」。北京人が「幼稚園の給食を思い出す」とか「懐かしい味だ」と書いている。

肉龙 6元,电烤羊肉串10。味は可もなく不可もなく。アツアツのフッカフカだったら良かったのに、できていたものを多少温めましたレベル。それは誠に遺憾であった。

の作り方はここへ→美食杰←私は作らないけどね。



食べ終わってどんどん東へ。

《続く》

おまけ

1. 宋慶齢の予習として映画『宋家皇朝(宋家の三姉妹)』を見ると良い


2.本日の中国語学習
人迹罕至……人很少到的地方。指偏僻荒凉的地方很少有人来过。
门可罗雀……原指门外可张网捕雀。后形容为官者休官失势后,门庭冷落车马稀少;或形容事业由盛而衰,宾客稀少之况。門前にスズメを捕る網を張ることができる→訪れる人が少なく寂しい。
庭冷落……十分冷落,宾客稀少。
 いずれも人が少ないことの形容。反対語は络绎不绝、车马龙、川流不息等。


3. 庆龄故居官网 もともとは溥儀の父、醇親王載澧の邸宅だった

拍手[3回]

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【2016/04/09 09:47 】 | 博物館、観光地、散策 | 有り難いご意見(6)
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有り難いご意見
あ、行ったことある
96年10月、行きました。
当時まだ门票に内宾外宾价格があって、受付の人が僕に、どこから来た?と聞くので、正直に「从广西来的」と答えました。当時広西省で働いていてそこから遊びに来ていたので嘘ではないでんですけどね。
「身份证、我忘在宾馆了」と続けて言ったら、田舎者とでも思われたのでしょうね、内宾价格で入れました。
肝心の記念館内部の記憶はあまりないですけど。
【2016/04/10 10:43】| | 功夫man #4d9b81a858 [ 編集 ]


先週衣替えしていない。今週こそ
内宾外宾价格、懐かしい!これで記事書けます。从广西来的の从はいらないかな。中国人は言わない方が多いと思う。FECネタとともに書くべく、ネタをメモしておきます。
【2016/04/11 09:00】| | みどり(まだ最悪の状態ではない) #4fce0ed761 [ 編集 ]


了解です
中国人は从を付けないんですね。

FECと言っても分かる人、少ないんじゃないんでしょうか。
【2016/04/11 18:12】| | 功夫man #4d9b824116 [ 編集 ]


死ぬまでに行きたい北京スポット
訪問してなかったのがとても悔やまれる、宋慶齢故居。

宋慶齢故居として保存されてますが、旧醇親王載澧邸宅だからこそ、訪れたい。

溥儀の弟、溥傑は日本人女性と結婚して、その顛末を彼女は「流浪の王妃」という自伝に残しています。

終戦直後、満州国が崩壊して、溥傑は兄と共にソ連に捕えられ、日本人妻は2歳の娘と(今でいう)難民となって逃げ延びるのですが、その途中で北京のこの醇親王府に舅である醇親王に一目会いに行く記述があります。とても印象的でした。
【2016/04/12 00:59】| | ペン字修行中 #2957d9eb91 [ 編集 ]


昨晩ものすごーーーく久しぶりに雨降ったらしい
「流浪の王妃」は読んでいます。ここで呆れていただきたいのだけど、内容をほぼ覚えてない。私は夏目漱石の『坊ちゃん』をみじんも覚えてない人ですから。忘れるのがヒト1万倍速い。私は置いといて、子どもには歴史を学べる映画や本には触れて欲しいと思っています。ちゃんと歴史の勉強を学校でやっているはずなのに、子ども達に聞いたら、宋家の長女の、次女の配偶者の名前が言えない。日本の高校は故意に近現代まで歴史を勉強しないものなのだと教えてもらったのですが(私の高校時代なんて江戸までもたどりつかなかった)、この国は国数英化学物理重視だから、社会系はどーでもいいんだろうと本気で思う。

北京に来る予定は?ほかに行ってみたいスポットはありますか?いつか一緒に行きましょう。
【2016/04/12 08:22】| | みどり考虑一下将来吧(将来のことを考えろ) #4fce0ed761 [ 編集 ]


今日午前中初体験のドキドキなことが起きる
功夫man氏,一般的に你从哪儿来的と聞かれると思うのですが、地名しか言わない。从广西来的は文法的には合っているのですが、きちんと“从”を付けることなく、“广西”でいい。こういうところで聞かれた場合じゃなくて、ちゃんとした自己紹介だと、「我来自(地名)」。
【2016/04/12 08:34】| | みどり什么将来呀,已经放弃了(将来なんて捨てている) #4fce0ed761 [ 編集 ]


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